カーネギー賞(英国図書館情報専門家協会が選ぶ児童文学の賞)を二〇〇九年に『ボグ・チャイルド』で受賞したシヴォーン・ダウド。彼女が二〇〇七年に発表した『ロンドン・アイの謎』(越前敏弥訳 東京創元社 一九〇〇円+税)は、十二歳の少年を主人公としたミステリで、ビスト最優秀児童図書賞(現KPMGアイルランド児童図書賞、アイルランド児童図書協会が選ぶ児童文学の賞)を受賞している。

 両親と姉とロンドンに暮らすテッド。そこに母の妹であるグロリアが十三歳の息子サリムを連れてマンチェスターからやってきた。新たな仕事先の米国に向かう途中、一日か二日泊めて欲しいというのだ。初日の夜のおしゃべりでサリムとテッドは仲良くなったのだが、その翌日、ロンドン・アイで事件は起きた。ロンドン・アイとは、二十人以上が乗ることのできるカプセルが三十分で一周する世界最大級の観覧車だ。サリムを含む二十一人を乗せたカプセルは、ぐるりと一周を終えた。地上からテッドと姉はその様子を見守っていたが、特におかしな様子はなにもなかった。だが、カプセルから降りてきた乗客のなかに、サリムの姿はなかった……。

 空中での人間消失!とミステリファンが大喜びしたくなる状況設定なのだが、その点に触れる前に、まずはテッドについて語っておきたい。人の気持ちを推し測ることは苦手だが気象学の知識は専門家並という彼は、自分が一種の発達障害と認識しており、〝症候群〞という言葉でそれを表現している。そのテッドの一人称視点で語られる家族や世界が、実に自然なのだ。過度に深刻ぶるでもなく、過度に特性を強調するでもなく、かといって特性を無視するでもなく、テッドの個性として描ききっている点に好感を覚えた。

 ミステリとしても上出来である。人間消失の謎はきっちりと作り込まれており、相当に手強(てごわ)く複雑だ。トリック一つでパッと消えるという類(たぐ)いのものではない。もちろん仕掛けはあるのだが、それが独立して置かれているのではなく、深みのあるドラマのなかで、ピースの一つとして用いられているのである。テッドが可能性を列挙する姿を含め、この人物描写/人間関係描写と仕掛けの一体化がこのうえなく優秀。言い換えるならば、本書は優れたミステリであると同時に、テッドや姉、サリムなどの十代の少年少女の苦悩や葛藤(かっとう)、あるいは勇気や喜びを描いた、優れた児童文学でもあるのだ。軽やかな筆致にも魅了され、夢中になって読まされてしまった。

 なお、著者のダウドは、本書発表二ヶ月後に四十七歳で逝去(せいきょ)した。カーネギー賞は、没後に刊行された作品での受賞だったのである。だが二〇一七年、嬉しいことに続篇のThe Guggenheim Mystery『グッゲンハイムの謎』)が刊行された。題名はダウドが生前決めていたもの。著者は本書に熱い序文を寄せているロビン・スティーヴンスだ。邦訳も予定されているというから愉(たの)しみに待ちたい。テッドたちがニューヨークでどんな活躍をみせてくれるのか。期待は大だ。


■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。

紙魚の手帖Vol.07
櫻田 智也,ほか
東京創元社
2022-10-11


ロンドン・アイの謎
シヴォーン・ダウド
東京創元社
2022-07-12


グッゲンハイムの謎
ロビン・スティーヴンス
東京創元社
2022-12-12