帯の惹句(じゃっく)に「どんでん返しに次ぐ、どんでん返し! 新世代本格の旗手が描く今年最大の逆転ミステリー開幕」とあり、いやが上にも期待値が跳ね上がる。だが心配はいらない。その出来栄えは、大いに跳ね上がった期待値をも軽々と超えてしまうほどなのだから。

 阿津川辰海(あつかわ・たつみ)『録音された誘拐』(光文社 一九〇〇円+税)は、作品集『透明人間は密室に潜む』(二〇二〇年)に収録されていた「盗聴された殺人」の続編にあたる長編作品。抜きん出た聴力を持つ探偵の山口美々香(やまぐち・みみか)と、その上司である大野糺(おおの・ただす)が再登場し、タイトルのとおり誘拐事件の解決を目指すことになるのだが、なんと誘拐されてしまうのは探偵である大野自身。美々香は大野を助けるべく動き出す。

 まさかの探偵誘拐事件に異能の探偵が挑むことになる本作で、まず読みどころとして挙げたいのは、手強(てごわ)い敵の存在だ。黒幕の人物が今回の誘拐を依頼する犯罪代行業者〝カミムラ〞は、犯罪はエレガントであるべきと考え、〝究極の犯罪〞を夢見る男で、ただ大野を攫(さら)うだけではなく、誘拐犯罪において難しいとされる「いかに拉致(らち)し、追跡をかわすか」「家族との連絡をいかに取り、証拠を残さないか」「身代金をいかに奪い、その場面をどう演出するか」もクリアーしてみせると豪語する。この〝カミムラ〞を相手にした、美々香と大野、それぞれの章での攻防と駆け引きは、じつにスリリングで先を読ませない。

 また、いまなお大野家に影を落とす十五年前の事件、大野探偵事務所のメンバーで元カウンセラーの望田(もちだ)が迫る美々香の「耳」についての秘密、さらに殺人事件までもが絡むなど極めて緻密な構成にも舌を巻くが、「音」と「聴力」が重要なカギとなる本シリーズならではの趣向の徹底ぶり、本作一番のサプライズを「そこに持って来るのか!」という意外性を通じて示される名探偵像、そしてミステリであるとともに家族についての物語である点など、全編にこれでもかと読みどころがあふれている。本年指折りの作品集『入れ子細工の夜』から間を置かずに、やはり指折りの長編をこうして上梓(じょうし)してしまう著者の筆力には心から感嘆せずにはいられない。

 ちなみに本作とあわせて、『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』が発売されており、こちらでは読み巧者(ごうしゃ)としても信頼の厚い著者の一面に触れることができるので、併読をオススメする。

 浅ノ宮遼(あさのみや・りょう)+眞庵(しんあん)『情無(じょうなし)連盟の殺人』(東京創元社 一九〇〇円+税)は、第十一回ミステリーズ!新人賞受賞後、連作集『片翼(へんよく)の折鶴』(のちに『臨床探偵と消えた脳病変』と改題・文庫化)でデビューした著者が、かねてからのミステリ仲間である眞庵を共著者に迎えて完成させた長編作品だ。

 元麻酔医の伝城英二(でんじょう・えいじ)は、後天性情動喪失症候群――一般に「アエルズ」と呼ばれる新種の奇病に罹患(りかん)してしまう。徐々に感情が失われていくことから〝情無〞とも俗称されるこの病が次第に進行するなか、ある日、佐川(さがわ)と名乗る女性から、〈情無連盟〉なるアエルズ患者のみで構成されたコミュニティへの勧誘を受ける。日を改めて共同生活の様子を見学しに屋敷へと向かった伝城だったが、なんとそこで〈情無連盟〉メンバーのひとりが不可能状況下で殺されてしまう。犯人はこのなかにいるのか。しかし、喜怒哀楽をはじめ、あらゆる感情を失っている〝情無〞が殺人を犯すとは考えにくい。ではいったい、なぜこのような事件が起きてしまったのか。

 いま国内ミステリシーンで活況を呈している〝特殊設定ミステリ〞に含まれる内容で、特異な登場人物たちを扱った、折り目正しく、知的で引き締まった、クレバーな犯人当てになっている。推理を重ね、五十七通りの可能性から真相を探ろうとする胸躍(おど)る展開から、あるサプライズの先で明かされる犯人が誰か、ぜひ腕を振るって挑戦していただきたい。そして迎える、人間の情と理を問う物語の皮肉な結末にも注目だ。


■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。