『皇女アルスルと角の王』(創元推理文庫 940円+税)は、『忘却城』でデビューした鈴森琴(すずもり・こと)の新作だ。前作『忘却城』三部作の舞台は、反魂術(はんごんじゅつ)によって蘇(よみがえ)った死者と生者が混在する中華幻妖的異世界であったが、本作の舞台である第五合衆大陸には、黒い肌に黒髪の人々が暮らしている。広大な大陸だが、その大半は人外種と呼ばれる獣(けもの)に支配され、人間は城塞都市を築き、その中で暮らしている。人外種には知性があり、人よりも優れた能力を持つ。中でも六種族の王は六災と呼ばれ、その力は人を滅ぼしうると言われている。

 皇女アルスルは第五系人皇帝の末娘だ。男の子を期待していた両親は、産まれた瞬間に興味を無くし、さらに十歳のときに受けた、フォークト・カンプフ検査の人外版みたいなテストの結果、礼節より生存本能が優先する思考特性が「ヒョウ亜科人外」の特性と合致してしまったことが輪をかけて彼女の立場を悪くした。皇女様なのに、「がっかり姫」「人外もどき」と周囲に呼ばれ、すっかり引っ込み思案になってしまった。ある日、皇帝の控室を訪ねた彼女が見つけたのは、何ものかに刺された瀕死の父の姿だった。父は駆け寄ったアルスルに自分の指輪を渡し、隠すように命じて息を引き取った。ところが、人外類似という判定故に、アルスルに父親殺しの嫌疑がかけられてしまう。さらに父から委ねられた指輪を咄嗟(とっさ)に吞み込んだことによって、六災の王からも狙われる身となってしまい……。

 愛されずに育ったがために、自己評価の低い少女が、生き残るための戦いを通して自己を回復するYAテイストの成長物語で、絶体絶命のピンチに、王宮から彼女をはじき出した、礼節に拘(こだわ)らない合理的な思考方法が、生き残るための力となる展開が爽快だ。『忘却城』と世界を同じくする背景設定の深み、鮮やかな色彩を伴う絵的喚起力といった魅力はそのままに、構造がシンプルなため一気呵成(いっきかせい)に読ませる。幅広い層にお勧めの一冊。

『無垢なる花たちのためのユートピア』(東京創元社 1700円+税)は、歌集『Lilith』で現代歌人協会賞を受賞した川野芽生(かわの・めぐみ)の初の小説集だが、著者プロフィールの第3回創元ファンタジイ新人賞の最終候補のひとりだという記述にまず驚かされた。第3回はまさに『忘却城』が佳作で、最終候補には第4回で新人賞を受賞した松葉屋(まつばや)なつみも名を連ねていたという回だ。作風も名義もまったく違うので、思ってもみなかった。

 さて、本書は雑誌やアンソロジー発表の四篇に、書下ろし二篇を加えた短編集である。どの作品も、丹念に磨き込まれた言葉で、無垢な存在の美しさを際立たせる。繊細で幻想的な箱庭で育まれた輝きは、鋭さと強さを併せ持ち、社会の歪みを照射する。表題作「無垢なる花たちのためのユートピア」は、天上の楽園を探すため、七十七人の少年を乗せて空を行く箱舟が舞台だ。ある日、白菫(しろすみれ)という少年が船から墜落して死亡する。事故として処理されるが、白菫の親友だった矢車菊(やぐるまぎく)は、落ちる直前の彼の様子を聞いて、自殺だと確信する。楽園に一番近い場所で、なぜ、白菫は自殺しなければならなかったのか。謎を追う矢車菊たちは、やがて箱舟のおぞましい姿を知る。巻頭に置かれたこの短編と対(つい)をなすのが、巻末の書下ろし「卒業の終わり」だ。こちらは女学園もの。女学園を卒業して社会に出た少女は、不条理な世の中の理(ことわり)と、友人たちの死に直面する。


■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。


紙魚の手帖Vol.06
ほか
東京創元社
2022-08-12


皇女アルスルと角の王 (創元推理文庫)
鈴森 琴
東京創元社
2022-06-13


無垢なる花たちのためのユートピア
川野 芽生
東京創元社
2022-06-21