こんにちは見習い編集者のKMです。
東京創元社には奇妙な福利厚生があるらしい――という噂は、入社前から小耳に挟んでいました。記念日にケーキが配られるとか、昼休みに社長手製のパンがふるまわれるとか(どちらも美味しくいただきました)。そして最近、これまた奇妙な福利厚生の気配を感じています。子育て支援ならぬオタク育て支援とでも呼びましょうか。

弊社には様々な分野のオタク(敬意を込めて)がいて、自分の沼の住人を増やすべく常に目を光らせています。なので未知の分野を前にして、「気になるけど、初心者にはハードルが高いな」などと軽々に呟こうものなら、いつのまにか背後に人影が立ち、「こっちの水は甘いぞ……」と耳元で囁かれながら、沼へとぐいぐい背中を押されることになるのです。

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今回は編集部兼ヅカ部Tさまに背中を押され、東京宝塚劇場にて宙組公演『HiGH&LOW -THE PREQUEL-』(通称:ヅカロー)を観てまいりました。劇場。荘厳な響きです。これだけで緊張しますが、本日は心強い同行者がいます。

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編集部М先輩、そして近ごろテレビスターになりつつあるくらり氏です。舞台スターに対して思うところがあるのか真剣な顔をしていますね。一方、隣に座る私の心は劇場を離れ、ハイロー時空をさまよっていました。

説明が遅れましたが、HiGH&LOW(通称:ハイロー)シリーズといえば、「これマジで実写?」と疑いたくなるほどキャラ造形の整った男たちが守るべきもののために拳を交え、私たちを多幸感のその先へと連れてゆく最高のエンタテインメント作品です。『HiGH&LOW -THE PREQUEL-』は、そんなハイローの主要人物であるコブラという男の、「恋の話」と紹介されていました。

恋(ラヴ)……?

コブラといえば黙して語らず、近寄りがたいミステリアスな香気を放つ男。恋模様など容易には想像できません。これから舞台で何が起こるのか……期待と不安を抱えたまま開演の刻(とき)を迎えました。

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結論からいうと、すげ~~~~~~~最高でした。
まず、上記でうにゃうにゃ考えた「恋」の部分がめちゃめちゃ良かったです。本作のヒロインはコブラの幼馴染であるカナという女性。彼女はコブラと再会して間もなく、自分の余命が半年であり、現在は「死ぬまでにやりたいことリスト」を消化している最中なのだと告げます。2人が「やりたいこと」をして街を歩く一方で、怪しげな人影が穏やかならぬことを企んでおり……というのがお話のあらすじ。

劇中で、カナはコブラのことを頻繁に「キミ」と呼びます。年上の女性が年下の男性を呼ぶ際の「キミ」が素晴らしいのは世界の共通見解ですが、(おそらく)コブラと同い年であるカナがその呼称を使うことに、私はしみじみ「いいなあ……」と思いました。コブラと楽しそうに話しながら、どこか年上っぽさの滲む彼女の態度が、そのまま人生に対する達観、諦めや虚しさを表しているように感じられて、あー、あーーー……!となったのでした。

こう書くとしんみりしますが、本作にはハイローファンにも文句なく突き刺さる熱さ、面白さ、そしてトンチキさがありました。特に終盤でカナが口にする「○○○○○」というセリフは、シリアスな展開のなかでも笑うしかなく、それでいて世界観を損なわない説得力があります。公演全体に漂うサービス精神を踏まえると、ハイローコラボのためにユーモアを強火にチューニングしたのでなく、元々この方向のセンスも尖ってるのかなと勝手に想像しました、宝塚歌劇団。いずれにしてもマジマジのマジで面白かったです。

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『HiGH&LOW -THE PREQUEL-』の終演後は、休憩を挟んで『Capricciosa!! -心のままに-』というショー作品が始まりました。こちらはハイローとは無関係の演目で、イタリアNo.1の伊達男が気ままに各地を放浪するお話だそうです。そして、鑑賞後も「だそうです」としか言わせないのが本作のすごいところです。

セリフを排した歌と踊りには想像の余白があまりに多く、私はただ目と耳を全開にすることしかできませんでした。でも、脳に電極を刺して多幸感を計ってみれば、ヅカロー鑑賞中にも劣らない数値が出たはずです。具体的なストーリーはついぞよくわかりませんでしたが、高らかに歌い上げられた「カプリチョーザ!」の波は今も私の脳を揺らしています。

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以上、感謝感激観劇デビューのご報告でした。「宝塚なんて俺には眩しすぎるぜ」と思っていましたが、眩しすぎるエネルギーを浴びると純粋にハッピーになれてハッピーです。上ではがっつり割愛していますが、とりわけハイローファンの方にはまだまだまだまだ見どころがあるので、ぜひ何らかの形でご覧いただければと思います。


一方その頃東京創元社では――。

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ハイロー部の先輩が攻めの一手を打っておりました。東京創元社の最大勢力ヅカ部の牙城を崩す日は来るのか――今後の動向に注目です。







ほんものの魔法使 (創元推理文庫 F キ 3-2)
ポール・ギャリコ
東京創元社
2021-05-10


007/カジノ・ロワイヤル (創元推理文庫)
イアン・フレミング
東京創元社
2019-08-22


紅はこべ【圷香織訳】 (創元推理文庫)
バロネス・オルツィ
東京創元社
2022-09-20