巨大な生物や異様な生態系では春暮康一(はるくれ・こういち)『法治の獣』(ハヤカワ文庫JA 1000円+税)も負けてはいない。全身が発光するクラゲとイソギンチャクを合わせたような外観で、一千万ほどの個体で一つの集団を形成している生物が登場する「主観者」と、差し渡し百メートル、高さ二〇メートル、質量六万トンのパンケーキのような形状をした巨大生物が、カオス的な挙動を見せる太陽を追って惑星の表面を移動しているという「方舟(はこぶね)は荒野を渡る」の二編はファースト・コンタクトSFで、外来者である人類が原生生物に影響を与えてはいけないという倫理と、未知の生命体を理解したい欲求の間で葛藤(かっとう)する。


 表題作は、高度な知性をもたないのに種の存続を超えた概念的な〈法〉に従っているように見える原生生物を利用して、自然法の壮大な社会実験を行っている惑星を舞台にした陰謀劇。緻密な科学的ディテールを重んじるハードSFの技法で鮮やかに描き出される地球外生命体と、対峙(たいじ)する未来の人間たちの様々に変容した技術や文化の記述も魅力的な三編を収録。

 エッジの効いた奇想で独特のエモーショナルなセンス・オブ・ワンダーを感じさせるのが、サラ・ピンスカーの短編集『いずれすべては海の中に』(市田泉訳 竹書房文庫 1600円+税)だ。義手が自分は高速道路だと主張する「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」、ある時を境に人が変わってしまった夫の秘密をめぐる老婦人の煩悶(はんもん)を静かな筆致(ひっち)で描く「深淵をあとに歓喜して」、過去データを失った世代間宇宙船の中で音楽を受け継いでいく意義を問う「風はさまよう」、鯨(くじら)型自動車でハイウェイを爆走し、ありえないような過去の事件に出会う「イッカク」など、どれも突飛(とっぴ)なアイディアを活かすシチュエーションの設定が絶妙で、読後深い余韻が残る十三編を収録。

 ピンスカーはミュージシャンとしての活動も知られているが、ポップ・ミュージックにおいてSF的イメージを積極的に取り入れた七〇年代の楽曲を詳細に跡付けたジェイソン・ヘラーの長編評論『ストレンジ・スターズ』(伊泉龍一訳 駒草出版 3500円+税)は、デヴィッド・ボウイをはじめ、ジェファーソン・エアプレイン(スターシップ)、ジミ・ヘンドリックス、Pファンク、クラフトワークなど、多くのミュージシャンと楽曲の固有名が登場し情報満載で読み応えがある。索引が完備されているのが嬉しい。

 最後に、第一〇回創元SF短編賞で優秀賞を受賞した斧田小夜(おのだ・さよ)の初単行本『ギークに銃はいらない』(破滅派 2200円+税)を。前半と後半で作風が違う四編を収録した短編集で、巻頭の表題作はオタク少年たちが卓越した知識を持つ者〈ギーク〉に憧れて学校の監視カメラに侵入する話。続く「眠れぬ夜のバックファイア」は、いい夢が見られるという入眠装置が、過去の悪夢を蘇(よみがえ)らせてしまう物語。どちらもハイテク小説で、なかなかピリついた人間関係の話だが、多視点で登場人物それぞれの内面を公平に描き出していくのが印象的。後半の「春を負う」「冬を牽(ひ)く」は、ル=グウィンを思わせる文化人類学SFの連作で、この世界の物語を独立した長編として読みたくさせる壮大な設定と緻密な世界観が窺(うかが)える作品。本書は作家・高橋文樹(たかはし・ふみき)が主宰するリトルプレスからの刊行で、装丁デザインから紙の選定まで著者みずから行った造本にも注目。



■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。