英タイムズ紙が「二一世紀のアガサ・クリスティー」と評したジャニス・ハレットのデビュー作『ポピーのためにできること』(山田蘭訳 集英社文庫 1500円+税)は、まずはその構造の特徴を説明しておきたくなる一冊だ。

 第一の特徴は、全体が電子メールやショートメッセージ、チャット、あるいは記事やメモといったテキストで構成されていること。セリフや地の文という、いわゆる小説らしい文章とは無縁なのだ。第二の特徴は、冒頭で枠組みが示されること。具体的には、法律事務所の弁護士が、二人の司法実務修習生に対して、予備知識のない状態で各種テキストを読み解け、つまり真相を見抜けと指示するのである(これも書簡のかたちで二人に提示され、それを受けた二人の協議がチャットで示される)。二人の司法実務修習生はすなわち安楽椅子探偵であり、読者は、彼等と全く同一の情報を得るというわけだ。

 二人が読み解く大量のテキストの大部分は関係者たちの間でやりとりされた電子メールであり、それを通じて、本作における様々な人間関係が徐々に浮かび上がってくる。舞台となるのはイギリスの田舎町。その町の中心的存在であるヘイワード家の主(あるじ)マーティンは、アマチュア劇団を主宰(しゅさい)しており、家族や町の劇団員たちと共に次回公演の準備を進めている。そんなある日、マーティンは劇団のメンバーにメールを送り、二歳の孫娘ポピーが難病を患っていることを告げた。治療費は少なくとも二五万ポンドとのこと。公演日が近付くなか、劇団関係者は募金活動を始めたのだが……。

 まあ上手に作られている。配役決めなどの劇の準備や、募金活動の準備などの状況を、著者は電子メールの文面を通じて読者に示すのだが、それとともに、個々人の性格や人間関係が実に生々しく、かつ多面的に伝わってくるのだ。ある人物が、連絡相手によって言い回しを変えているとか、裏で誰と誰が繫がっているとか、この人物を実は鬱陶(うっとう)しく思っているとか、そういった人間関係のドロドロがクッキリと描き出されているのである。

 しかもそこに、歪(ゆが)んだ欲望や、あるいは過去の秘密なども絡(から)んでいるらしいことが徐々に見えてくるので、刺激も緊張も薄れない。かくして、読者は五〇八ページまで、すらすらと読み進んでしまうのである(時々二人の司法修習生がチャットで出来事を整理してくれるのもありがたい)。

 この五〇八ページとは、本書の中核となる事件がどんなものであるかが、はじめて明かされるページである。そしてここから六九五ページの結末にかけてが、いわば謎解きパートということになる。二人の安楽椅子探偵は議論を重ね、仮説をいくつも立てながら真相へと迫っていくのだ。この段階で法律事務所の弁護士から少しばかり追加情報が提示されているので、五〇八ページまでの情報で読者も真相を見抜けるかというとそうではないのだが、相変わらず安楽椅子探偵たちとは同条件で推理の過程を楽しむことができる。そして最後には納得の真相があり、さらに、予想外の電子メールで物語が締めくくられる。この終止符が洒落(しゃれ)ていて、本書の読後感をよりよいものにしてくれる。上出来の上にも上出来のデビュー作だ。


■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。