異なる立場の人間たちが、異なるアプローチで国の立て直しを試みる様を熱く描くのは千葉(ちば)ともこ『戴天(たいてん)』(文藝春秋 1800円+税)。中国史に詳しくない自分でも、これはもう、のめり込んで読んだ。

 唐は玄宗(げんそう)の時代。この皇帝は楊貴妃(ようきひ)に入れあげて政治をおそろかにしたことで有名だが、官僚も腐り切って私利私欲に走っている。不満をためた地方の外国出身の軍人、安禄山(あん・ろくざん)らが反旗を翻(ひるがえ)した安史(あんし)の乱は世界史の授業で習った記憶があるが、その混乱のなかで正義を求めた人々が登場する。

 主要人物の崔子龍(さい・しりゅう)は名家出身の軍人だが、かつて友の裏切りにより男性器を欠損し、劣等感を抱いたまま従軍。陰で権力を操る宦官(かんがん)、辺令誠(へん・れいせい)の策略にはまった彼は仲間とともに長安(ちょうあん)に戻り潜伏する。一方、僧侶の真智(しんち)は官僚の不正を糺(ただ)そうとして命を落とした義父の遺志を継ぎ、皇帝に直訴しようと試みる。玄宗に近づくため宮廷の遊興行事に参加したところ思わぬ妨害にあい、そんな窮地を救ってくれたのが、楊貴妃付きの女奴隷(どれい)、夏蝶(かちょう)だ。じつはこの夏蝶の正体は……。

 各人の思惑が入り乱れるなか反乱軍が長安に迫る。そこで男たちの戦いが繰り広げられる、などと説明してしまうのは安易かもしれない。崔子龍や宦官、僧侶といった、いわゆる〝男社会〟から外れた男たちが主要人物である点や、夏蝶はじめ決死の行動に出る女性たちも登場するところが、わかりやすい男性英雄譚とは異なるテイスト。また、人民のためにおのれの犠牲を厭(いと)わないような英雄でなく、真智が〝独尊〟を唱えるように、「自分を大切にせよ」という基本姿勢が貫かれるのも心に残る。エンターテインメント性抜群であるうえ、今の社会に通じる正義のありかたが追求されているのだ。著者は同じく安史の乱を扱った『震雷(しんらい)の人』で松本清張賞を受賞してデビュー、本書がまだ第二作。ここまでスケールの大きな作品を一気読みさせる書きっぷりに心底感服した。この先どこまで伸びるのか楽しみな新人だ。

 新人といえば、すでにたいへん話題となっているのが年森瑛(としもり・あきら)。文學界新人賞を受賞したデビュー作『N/A』(文藝春秋 1350円+税)は、現在芥川賞にもノミネートされている(この原稿を書いている時点で、受賞発表はまだ)。

 高校二年生の松井まどかは、十三歳の時から炭水化物を抜き、四十キロ弱の体重を維持している。生理を回避したいからだが、親は拒食症を心配している様子。以前教育実習生として学校にやってきた年上女性、うみちゃんと付き合っているが、まどかが求めているのは〝かけがえのない他人〟であって、うみちゃんが求めているような恋人関係ではない。だがある時、うみちゃんがSNSで自分との交流や思いを「パートナーさんとの記録」として細かく発信していると知る。

 自分は自分でいたいだけなのに、何をしてもどこかにカテゴライズされ歪曲(わいきょく)、集約されてしまう葛藤(かっとう)で読ませる。多様性が謳(うた)われる世の中でありながら、それをグラデーションでとらえようとせず、この人は何色、あの人は何色……と決めつけ、枠にはめて満足している風潮に一石を投じる作品。

 最後に暑い夜に気軽に楽しめるホラー作品を。七尾与史(ななお・よし)『イーヴィル・デッド 駄菓子屋ファウストの悪魔』(実業之日本社 1800円+税)は、一九八四年を舞台にしたノスタルジックな一作だ。

 中学二年生の哲太と剣道部の仲間たちは駄菓子屋のレトロなアーケードゲームに夢中。ある時、心霊スポットと噂(うわさ)されるトンネルをみんなで通り抜けると、仲間の一人の姿が消えていた。実はその場所では子供の失踪事件が相次いでいるという。哲太たちが調べてみると、失踪した子供たちに共通点が見つかる。それは、駄菓子屋に置かれた難易度の高いゲーム「イーヴィル・デッド」を全ステージクリアした、ということ。彼らはゲーム、そしてトンネルに潜む魔物との対決に挑んでいく。小学生でも楽しめる青春ホラーミステリだが、『パックマン』やらマウンテンデューやら『ゲームセンターあらし』やら、とにかく懐かしいアイテムが続々登場、あの時代を知る大人も存分に楽しめる。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。

紙魚の手帖Vol.06
ほか
東京創元社
2022-08-12