これを書いている間もずっと報道されている戦場の惨禍(さんか)を見るにつけ、ウクライナ人の戦いは称賛されても、パレスチナのために銃を取ればテロリストと呼ばれるのだなと思い、苛立(いらだ)っていっそ人類なんていますぐ滅亡してしまえばいいのではないかなどという幼稚なことを夢のように考える。

 今回のイチオシ、上田早夕里(うえだ・さゆり)『獣たちの海』(ハヤカワ文庫JA 800円+税)は、そんなささやかな純情を宥(なだ)めてくれる人類滅亡系SF、〈オーシャンクロニクル・シリーズ〉八年ぶりの最新刊だ。海面が上昇し陸地の大部分が水没した二十五世紀。人類が技術文明を維持した陸上民と、身体を改造した海上民に分かれ対立する中、〈大異変〉と呼ばれる滅亡不可避の事態が予告されるという物語。

 シリーズは『華竜(かりゅう)の宮』『深紅の碑文(ひぶん)』の二長編と、それらの空白を埋める中短編群で構成される。本書は海上民に焦点を絞った中短編集。海上民は、人間と魚を双子として出産し、一旦(いったん)海へ放たれた魚の子が成長するとその内部に家族が生活する空間のある〈魚舟(うおぶね)〉となって、双子の片割れと契(ちぎ)りを結んで〈朋(ほう)〉となり、それらが集まって船団を作り生活している。彼らはシリーズの中でも歴史の狭間(はざま)でほとんど不条理とも思える生態を選び取ったことから来る軋(きし)みの悲劇性にその一番の特徴がある。

 冒頭の「迷舟(まよいぶね)」は、朋を失った男と船団からはぐれた魚舟が出会う話。続く表題作は魚舟が野生化し凶暴に変異した獣舟(けものぶね)の話で、獣舟視点の語りが瑞々(みずみず)しい生命力に溢(あふ)れて楽しい。「老人と人魚」は老いた海上民が〈大異変〉に備えて作られた種族ルーシィとともに旅する話。

 本書の半分以上を占める中編「カレイドスコープ・キッス」は、危機を前に海上都市に移住する海上民の保安員と、仲間の移住権を主張する海上民の長(オサ)との出会いと深まっていく女性同士の関係を描く。滅亡を前にして安易な共感や理解に流れることなく、様々な運命と闘いながら孤独や共生を選び取っていく者たちの姿は、誰もがきっぱりとして美しい。ひるがえって現在のいかんともしがたい現実に、とにかくできることを黙々とやっていく勇気を与えられるシリーズだ。巻末にはシリーズの現状と作者の今後についても語った後記と作品リスト、用語集があり、初読者にもオススメできる一冊。

 チャーリー・ジェーン・アンダーズ『永遠の真夜中の都市』(市田泉訳 東京創元社 2600円+税)でもまた、人々は滅びの道を辿(たど)っている。自転と公転が同期し、つねに同じ面が太陽に向かっている惑星に植民した人類は、植民当初の記憶も高度な技術も失い、今や夜と昼の中間地帯に二つの都市を残すだけだ。整然とした計画都市シオスファントの貧しい家に生まれたソフィーは、名門大学の学生寮でエリートのビアンカと知り合い、恋に落ちるが、抑圧的な体制への革命にかぶれる彼女の罪を被(かぶ)って夜の世界へ追放され、そこで原生生物のゲレトに助けられる。彼らは記憶を共有することができる高度な文明を持つ知的生命体で、ソフィーは人類との共存を目指すが、罪の意識から革命運動にのめり込んだビアンカは、腹に一物のある密輸屋マウスの協力を得て事を起こそうとしていたという物語。

 お人好しのソフィーと高慢なビアンカの不幸な予感しかしない恋愛に、喪失した過去を求めるマウスと彼女を心配する相棒アリッサを加えた四人の関係を軸に、滅びかけた世界で救いを求める若者たちの切実で愚かな青春が描かれる。ゲレトたちの記憶にアクセスし、惑星規模の視点から植民した人類が辿った運命を垣間見(かいまみ)ることになる場面の強烈な酩酊(めいてい)感が凄い。またソフィーが見舞われる変容感覚の描写に、トランス女性である作者の経歴を想起させる複雑な喚起力がある。


■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。

紙魚の手帖Vol.05
倉知淳ほか
東京創元社
2022-06-13