R・V・ラーム『英国屋敷の二通の遺書』(法村里絵 訳 創元推理文庫 1180円+税)は、ゆったりと謎解きを愉(たの)しめる一冊だ。

 インド南部の丘陵(きゅうりょう)に建つグレイブルック荘の主人であるバスカー・フェルナンデスは、何者かに命を狙われていた。身の危険を感じた彼は、遺言状を二通用意した。自然な死を遂げた場合のものと、不自然な死を遂げた場合のものと。前者であれば、遺産は家族と数人の隣人に渡る。後者の内容は伏せられていた。そうした状況下で、フェルナンデス一族と隣人たちが集まる機会が設(もう)けられることとなった。バスカーは、その場に元警察官のアスレヤを招くことを決める。数々の事件を解決してきた能力に期待したのだ……。

 本書においてアスレヤはグレイブルック荘(これが英国屋敷だ)で起きる殺人事件の謎に挑むことになるのだが、肝心の殺人はなかなか発生しない。だが、それまでの間も、著者はミステリファンを丁寧にもてなしてくれるのでご安心を。グレイブルック荘の歴代の主(あるじ)が何人も続けて不自然な死に方をしているというエピソードを提示し、悪魔崇拝の噂話を紹介し、さらにアスレヤを乗せて屋敷に向かうジープを地崩れが襲うという危機や、その地崩れでグレイブルック荘及び近隣が孤立する状況を作るなど、とにかく手を替え品を替え、あれやこれやとミステリファンの心を刺激してくれるのだ。

 そのうえでいよいよ描かれる殺人事件の謎もまた十分に魅力的だ。誰が犯人か、という興味に加えて、被害者は、被害者本人として殺されたのか、それとも別人と間違って殺されたのか、という謎も示されている。推理の第一歩からして二つの選択肢があるという謎なのだ。その謎から真相へと至る推理の道筋もまた愉しい。インドの閉鎖された環境での事件が、異国へ、あるいは過去へとアスレヤの推理を通じて拡がっていく驚きを味わえる。

 そして最終的には、グレイブルック荘の客間に十二名の関係者が集結した状態で真相が披露(ひろう)される。〝名探偵、皆を集めてさてといい〟が演じられるわけだ。これ自体が形式として愉しいし、もちろん犯人の意外性でも愉しませてくれる。これだけでも満足の一冊なのだが、付記するならば、アスレヤが解き明かすグレイブルック荘の秘密もまた素敵だ。古典的な本格ミステリの味わいに満ちた本書だが、同時に二〇一九年に発表された現代ミステリであることを感じさせる仕掛けも備えているのだ。この真相が、前述の〝誰として殺されたのか〟に結びついている点も素晴らしい。

 なお、本書はインド生まれの著者が自国を舞台に書いただけあって、インドを特に強調してはいない。なので、インドらしさを期待すると肩透(かたす)かしされるのだが、それはすなわち上質な翻訳ミステリとして普通に読めるということだ。念のため記しておく。


■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。

紙魚の手帖Vol.05
倉知淳ほか
東京創元社
2022-06-13


英国屋敷の二通の遺書 (創元推理文庫 M ラ 12-1)
R・V・ラーム
東京創元社
2022-03-19