奇妙な出来事が人々を翻弄する――。
その、巧みな一撃。
戦後ドイツを代表する女性作家の名作を集成した、全15作の日本オリジナル短編集!


 みなさまこんにちは。翻訳班Sです。
 今回は9月30日発売のマリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では――カシュニッツ短編傑作選』をご紹介いたします。本書は戦後ドイツを代表する女性作家カシュニッツの名作短編を15編収録した、日本オリジナルの短編集です。フェルディナント・フォン・シーラッハ作品など数々のドイツ文学の翻訳を手がけられている酒寄進一先生が、カシュニッツの全集から日本の読者の皆さんに紹介したい作品をセレクトしてくださいました! 収録作全15編のうち、7編が本邦初訳です。

 マリー・ルイーゼ・カシュニッツは1901年、ドイツのカールスルーエ生まれの詩人、小説家です。長編のほか、詩作、ラジオ・ドラマの脚本や、エッセイ、小説はじめ多くの領域で活躍しました。エーリッヒ・ケストナーなどが受賞しているドイツの重要な文学賞ゲオルク・ビューヒナー賞や、ドイツの詩人や小説家、エッセイストなどを対象とするヘーベル賞を受賞しており、高く評価されています。

 日本オリジナル短編集『六月半ばの真昼どき―カシュニッツ短篇集』(西川賢一訳、めるくまーる)を読まれた方もいらっしゃると思います。こちらの表題作の「六月半ばの真昼どき」『その昔、N市では』にも新訳で収録しております。旅行から帰ったら、自分が死んだとアパートの住人に触れまわった女がいたという奇妙な話を聞かされて……といった、何とも不思議なシチュエーションからはじまる、著者の代表作といえる名短編です。

 カシュニッツ短編の魅力はさまざまですが、まずはなんといっても、日常の中にするりとおかしな幻想が忍び込んできて、人間の生活や心理が一変してしまうといういわゆる“奇妙な味”系のお話が素敵だと思います。
 ある日突然、部屋の中に謎の大きな鳥が現れる。“わたし”は、なぜか外にでていかない鳥の正体を突き止めようとするが……という印象的な「ロック鳥」が特に大好きで、物語に秘められている感情を読み解くのがすごく楽しいです!

 ナチスから逃れるユダヤ人姉妹の物語「ルピナス」の切なさには心が震えます。人間心理の異常さや恐ろしさに背筋を震わせる作品もあります。不可思議な殺人事件の顛末を描いたミステリ風味溢れる「精霊トゥンシュ」も面白い作品です。また、「長距離電話」はそのタイトル通り、登場人物たちの電話の会話だけで執筆された短編です。若い男女の恋人同士について話す彼らの会話を読み進めていくと、胸を打たれる結末が待ち受けています。

 表題作の「その昔、N市では」は、死体から蘇生させられた“灰色の者たち”が、人間に代わって清掃や介護などの仕事についているという大都会N市を舞台にしています。彼らに前世の記憶は一切なく、恐怖も希望も憎悪も持ち合わせていません。しかしある時、彼らにとてつもない変化が訪れてしまって……。最後まで読むと、現代社会が抱えるあらゆる問題に思いを馳せることでしょう。

 装画、装幀にもぜひご注目くださいませ。装画は、銅版画家・村上早さんの作品「おどり」をお借りしました。酒寄先生から村上早さんの作品を装画にお願いできませんか、とご相談されたときから、わたしも版画の魅力に強く惹かれていました。収録作品のイメージにどこか重なる、物語性を感じる作品です。貴重な作品を使わせてくださった村上さんと画廊の皆さんに深く感謝しております。
 また、next door designの岡本歌織さんが、装画が引き立つとてもスタイリッシュで印象的な装幀に仕上げてくださいました。紙の本の魅力をしっかり味わえる素晴らしい装幀をありがとうございました! カバーを外した表紙なども細部まで格好良くて痺れます……!

『その昔、N市では――カシュニッツ短編傑作選』の、心に響く名作短編の数々をどうぞお楽しみください。


(東京創元社S)