「東川篤哉は、現代国内ミステリにおける静かな巨人である」と評すると、首を傾げる方もいらっしゃるでしょうか。確かに、軽やかなユーモアを漂わせる作風からは、およそそぐわない形容かもしれません。しかし、巨大な存在は得てして大きすぎるがゆえに私たちの視界にはいらないことがあります。
 本屋大賞に輝いた『謎解きはディナーのあとで』は同賞受賞作で初の本格ミステリでした。同書は昨年およそ9年ぶりとなる新シリーズが刊行されてシリーズ累計400万部超という驚異的な数字とともに絶大な人気を博しているだけでなく、著者みずからもミステリ作家による団体・本格ミステリ作家クラブにおいて会長を務めるなど、ミステリというジャンルの浸透に多大な貢献を及ぼしました。この事実をとっても、斯界の巨人のひとりたる証左と言ってもよいのではないでしょうか。

 本屋大賞受賞を機にこの十年、東川篤哉さんの作家活動は中短編に集中していました。全編に亘って作中作として犯人当て小説が組み込まれた『君に読ませたいミステリがあるんだ』やテレビドラマとして映像化や漫画化もされた『探偵少女アリサの事件簿』など、それぞれに趣向を凝らした力作・話題作を発表してきました。しかし、不遜を承知のうえで私見を申しますと、東川篤哉という作家の本質は長編でこそはじめて全貌が窺えるものと思っています。
 デビュー作『密室の鍵貸します』から始まり、作者が用意したプロットの仕掛けと作中の犯人が用意した仕掛け――双方がユーモアあふれる展開のうちに絡み合って最後の解決までするすると読まされてしまう著者の長編群は、気持ちいいまでに真正面から読者に挑み、また読者からすれば気持ちいいまでに真正面から騙される本格ミステリの真髄があります。
 そしてデビュー二十周年を迎える二〇二二年、東川篤哉さんは実に十三年ぶりにふたつの長編を刊行します。ひとつはデビュー作に始まる〈烏賊川市〉シリーズ最新作『スクイッド荘の殺人』(光文社)、そしてもう一冊が本書『仕掛島』となります。

 孤島にあつめられた一族の面々、遺言状の開封、そして嵐に閉ざされた館で発見される死体――『仕掛島』は古き懐かしき探偵小説の意匠を凝らしつつ、登場人物たちがにぎやかなから騒ぎを繰る広げるうちに、恐ろしさと楽しさが同居した愉快な読書に誘ってくれます。その間隙を縫うかのように、これでもかと続発する不可解の釣瓶打ち。果たして本当に合理的に解けるのだろうかと疑ってしまうほどの謎また謎の果てに驚愕の真相が待ち受けます。それらを豪快なトリックを以て解き明かしてしまう本書は、まさに現代国内ミステリを飄々と支える巨人がその豪腕を振るった新たなる傑作です。