白尾悠(しらお・はるか)の『ゴールドサンセット』(小学館 1500円+税)は独立して見える短篇同士がやがて大きな物語を生み出す一冊。モチーフとなるのは、中高年限定の劇団だ。

 第一幕の主人公は、生きることが嫌になってしまった中学生の琴音。ある日彼女が公園で見かけたのは悪態を吐き続ける老人。どうやらそれは「リア王」に出てくる台詞(せりふ)らしい。第二幕の主人公は、リストラを宣告された四十代の太田千鹿子。条件のよい転職はなかなか難しく、家族は婚活を勧めてくる。そんな折、独身の叔母から奇妙な頼み事をされる。第三幕の主人公は、定年退職して半年ほどの吉松一雄。街でばったり再会したのはかつての仕事相手の女性。彼女に誘われるままに、市民センターで開かれている演劇のワークショップに参加したのだが……。

 などと、主人公たちが劇団の関係者と関わっていく本作。各話には「サロメ」「三人姉妹」「人形の家」など古典的な戯曲が登場し、主人公たちの状況とシンクロする。また、どの話にもパワハラなど何かしらのハラスメントが絡んでおり、その苦悩がじんわりと浮かび上がる。ただし被害者だけでなく、加害者側の後悔も描かれる。人生の喜びも後悔も、仲間たちと演じる楽しさも、老いていくこともぜんぶひっくるめて人生の輝きを描いた意欲作。

 藤野千夜(ふじの・ちや)の『団地のふたり』(U-NEXT 1600円+税)でも人生の後半にさしかかった人々が登場する。イラストレーターの奈津子と非常勤講師の野枝は、今は生まれ育った団地に戻ってきて暮らす五十歳の幼馴染(おさななじ)み同士。奈津子は母と二人暮らしだが、その母は親戚の介護のため帰郷中。両親と暮らす野枝はしょっちゅう彼女の部屋を訪れて、一緒に食事をしたり、動画を見たり。二人の日常がのんびり、のびのびと描かれていく。

 乗り物が苦手な奈津子はほとんど外出せず、野枝とも近所の喫茶店や釣り堀に行く程度。イラストの仕事は減る一方だが、近所の人たちから不用品を集めてフリマアプリで売りさばき、手数料をもらって家計の支えにしている。団地は築年数も古く住民は高齢者が多く、時に近所のおばちゃんの部屋の網戸を取り換えてあげることも。そうした日々が細かなディテールをともなって描かれる。気心を知り切った二人が相手に対し勝手気ままに振る舞いながらも、基本的に信頼関係が崩れない様子は羨(うらや)ましくなるくらい。生活範囲が狭くても、派手なことが何もなくても日常は楽しいものだとしみじみ実感。

 深緑野分(ふかみどり・のわき)『スタッフロール』(文藝春秋 1700円+税)もまた二人の女性の物語。といっても題材はまったく違う。

 終戦の年にアメリカで生まれたマチルダは、幼い頃に見た影絵を怪物だと信じ、その後映画に魅せられ、父親の反対を押し切って特殊造形師となる。『2001年宇宙の旅』そして『スター・ウォーズ』を経て、八〇年代のハリウッドは特殊造形が最盛期を迎え、マチルダも引っ張りだこに。しかしやがてCGが台頭。そして、時は飛び、現代ロンドンでCGクリエイターとしてスタジオに勤務するヴィヴィアンは多忙で疲弊(ひへい)気味。特殊造形を使用した映画に親しんで育った彼女は、敬愛する伝説の特殊造形師・マチルダがCGに対して否定的だったと知りショックを受ける。そんな時に意外なCGアニメのプロジェクトが立ち上がり……。

 実在する映画やクリエイターが多数登場し、古典的名作を見返したくなること必至。映画技術の進歩と発展の歴史も堪能できる。芸術における技術は、進歩によって古いものが淘汰(とうた)されるものではなく、新しいものと共存していくのだ、とも思わせてくれる。映画制作の裏方たちへの愛と敬意に満ちた長篇だ。それにしても、ここに登場する架空のアニメや映画の数々、実際に観てみたい!


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。

紙魚の手帖Vol.05
倉知淳ほか
東京創元社
2022-06-13