高殿円(たかどの・まどか)の新作『コスメの王様』(小学館 1600円+税)は実在する化粧品会社、クラブコスメチックスの前身である中山太陽堂の創始者、中山太一をモデルとした一代記。といっても彼だけでなく、架空の女性、ハナとのダブル主人公だ。この設定がとにかく秀逸。


 明治期、活気づく神戸(こうべ)。花隈(はなくま)の花街に売られてきた十二歳のハナは、家族のため学業を諦(あきら)め商店に奉公する三つ年上の永山利一と出会う。実直な利一は芸妓(げいぎ)たちから可愛がられ、行商でも成績を上げていく。やがて独立を決意した彼は、芸妓たちから鉛の入っていない国産の水白粉(みずおしろい)が開発されたとの噂を聞き、商機をとらえる――。

 実際の中山太一も水白粉の販売や粉石けんの開発で成功をおさめていったという。もちろん品質の良さが勝因だが、それだけではなく、宣伝の工夫の仕方にも才能あり。また、女性のための雑誌を発行するなど当時としてはなかなかフェミニストだったようだ。

 利一とハナは顔が似ている設定。しかし顔が似ていても、二人の人生の選択肢には格段の差がある。利一は次々チャンスをものにしていく一方、ハナも芸を磨(みが)き人気を博すものの花街を出ていくことは叶わない。互いに惹かれあう様子を見て、利一がハナを引き取って幸せになる展開も想像してしまうが、これがなんとも痛快な展開となっている。史実を交えながら、こんなふうに現代女性を励ます物語を生み出す手腕に脱帽。

 痛快といえば、柚木麻子(ゆずき・あさこ)の短篇集『ついでにジェントルメン』(文藝春秋 1400円+税)も。七編をおさめた短篇集の巻頭「Come Come Kan!!」は、文藝春秋の創設者で、芥川賞や直木賞を設立したあの菊池寛の亡霊が登場。文春本社にあるサロンで、編集者から毎回ダメ出しされ続けている新人作家の女性が、ある日そこにある菊池寛の銅像から話しかけられるのだ。単発の作品のつもりで書いた新人賞受賞作を連作にするよう言われて悩んでいる上、作家同士で仲良くするな、作家は金の話をするな、などと説教され萎縮(いしゅく)し続けている彼女だが、よくいえば大らかで自由、悪く言えば自分勝手な菊池寛に振り回されていくうちに、なにかが吹っ切れていく。


 他にも某不倫小説の舞台となった鎌倉(かまくら)のホテルに家族連れが泊まりにくる話や、お忍びデートに使われるような創作鮨(ずし)の店に授乳期を終えた母親が赤ん坊を抱いて現れ食事を堪能する話、夫と離婚したら舅(しゅうと)が「君といたほうが楽しい」とついてきたので同居して家事一切を任せて自分は働く女性の話など、ユニークな短篇が並ぶ。どの話も女性たちは懸命に生きている。そんな彼女たちをさりげなくサポートしようとする男性もいれば、「か弱い女性を守るヒーロー」気分で近づいて玉砕する男性も。

 著者によると実は本書も、第一話で描かれるのと同じように、最初は菊池寛が登場する連作短篇集にしないかと打診されたという。それを断り、一話一話まったく異なる設定で書き、著者にとって初の独立短篇集となった。どんなキャラクターがどんな動きを見せてどんな結末を迎えるのか、予測もつかない独立短篇の楽しさをたっぷり味わった。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。

紙魚の手帖Vol.05
倉知淳ほか
東京創元社
2022-06-13