エラリー・クイーン/中村有希訳『Yの悲劇【新訳版】』が創元推理文庫の〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉の一冊として8月19日に発売されました。

〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉とは、創元推理文庫が2019年に創刊60周年を迎えたことを記念してスタートした、わが国で刊行された翻訳ミステリの名作・傑作を新訳でお届けする企画です。『Yの悲劇』はその36点目に当たります(現時点での全作品リストは発売中の〈紙魚の手帖〉vol.06の翻訳ミステリ特集内に掲載していますので、気になるかたはご覧ください)。

さてこの『Yの悲劇』、あらゆる翻訳ミステリの中でもトップクラスの知名度を誇る作品です。20世紀の日本でおこなわれたオールタイムベスト企画では何度も1位に輝いていますし、東京創元社に限定した話では、1959年に刊行した鮎川信夫による旧訳版は、創元推理文庫の全作品の中で重版回数歴代1位(なんとその数120版!)という記録を持っています。

そして『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』『レーン最後の事件』の4長編からなる、引退したシェイクスピア俳優ドルリー・レーンを探偵役にいただく〈ドルリー・レーン四部作〉の2作目である作品……という事実も広く知られていますね。『Xの悲劇』未読でも読むのに支障はありません。先んじて新訳版を刊行した『Xの悲劇』も傑作ですので(こちらが好きというかたも多いですね)、Y→Xの順番で読むのも一興かと。

そのいっぽうで、あまりにも有名すぎるため、読んでいないけど犯人や真相は知ってしまっている……という人も少なくないはずです。そんな人にも、今回の新訳版はおすすめです。なぜなら、本書は犯人や真相を知ったうえで読んでも、しっかりと楽しめる作品だからです。

本格ミステリの巨匠クイーンがどこに解決への手がかりや伏線を配置しているか。あるいは逆に、どのように犯人を読者の意識の外に逃がし、真相に気づかせないために技巧をこらしているか。それを確認しながらの読書も、充分に楽しめます。編集作業の過程で何度も何度も読んだ担当編集者が言うのですから、間違いない。中村有希先生の新訳では1930年代に書かれた小説であることを尊重しつつ、2022年に読んでもすんなり作品世界にはいっていけるような訳文を工夫していただきました。

もちろん何も知らない状態で読んで面白いのは言うまでもありません。若島正先生による解説では、若島先生ご自身が初めて読んだときの衝撃も語られています。『Yの悲劇』は先行する超有名文学作品2作を下敷きにしているとする考察も興味深い、必読の解説ですので、本編とあわせてお楽しみください。

『Yの悲劇【新訳版】』エラリー・クイーン/中村有希訳は好評発売中です。

ニューヨークの名門ハッター一族を覆う、暗鬱な死の影――自殺した当主の遺体が海に浮かんだ二ヶ月後、屋敷で毒殺未遂が起き、ついには奇怪な殺人事件が発生する。謎の解明に挑む名優にして名探偵のドルリー・レーンを苦しめた、一連の惨劇が秘める恐るべき真相とは? レーン四部作の雄編であり、海外ミステリのオールタイムべストとして名高い本格ミステリの名作。解説=若島正