●年表で時代を旅してみよう
年表をご覧いただくと〈オーリエラントの魔道師〉シリーズは、最も古い時代を舞台にした『沈黙の書』から、実は長編ではもっとも新しい時代を舞台にした『夜の写本師』までほぼ二五〇〇年にわたる長い年月のあいだに繰り広げられていることがわかります。コンスル帝国という、巨大な版図をもつ国が興り、繁栄し、没落していく栄枯盛衰の様が、各物語を読むとパズルのピースを嵌めるようにわかってゆく仕組みになっているのです。
ちなみに『紙魚の手帖』vol.3に掲載された「運命女神(リトン)の指」はコンスル帝国が繁栄の頂点に達し、平和が続いていた時代、『紙魚の手帖』vol.01に掲載された「セリアス」はそこから二五〇年あまりのちの時代を舞台にしています。〈オーリエラントの魔道師〉年表(画像クリックで拡大します)
●地図を見ていろいろな国へ旅する
次に地図をご覧ください。1が『魔道師の月』『太陽の石』〈紐結びの魔道師三部作〉などの舞台となっているコンスル帝国(ローマ帝国を思わせる)の地図、その次の2が『沈黙の書』の舞台で、1とほぼ同じ場所と思われますが、時代を遡ってコンスル帝国建国以前の地図(地名・地形がかなり変わっている)、そして3はコンスル帝国のライバルで『イスランの白琥珀』の舞台である東のイスリル帝国(ロシアをイメージさせる)の地図、さらに4が『夜の写本師』と最新作『久遠の島』の舞台になった南のフォト連合国、マードラ、パドゥキア、エズキウムなどの国々の地図になっています。
内海を囲んで広がるコンスル帝国の版図には、おいしいパンで有名なキスプや、葡萄酒の名産地テクド、風光明媚な湖水地方が広がるローランディアがあり、東のイスリル帝国には北方に広がる凍土、大森林といった厳しい自然や、運河が張り巡らされた首都イスリルがあります。南に行けば生き物たちの息づかいが聞こえてきそうなマードラの密林、砂漠に囲まれたオアシス都市パドゥキアなど、それぞれの地域の気候風土、自然、文化(特に食べもの!)が非常にリアルに描かれ、架空の地ながら様々な場所を旅しているような気持ちにさせてくれるのです。
ちなみに是非住んでみたいのは内海に面したコンスル帝国のローランディア地方か、砂漠のオアシス都市パドゥキア。ちょっと遠慮したいのはイスリル帝国の北部の永久凍土(寒すぎる)と南国のマードラ(虫が多そう)。是非食べてみたいのは、身がぷりぷりした淡水魚オスゴス(スープでも揚げ物でも)と皮がパリパリ、中身がみっしりのキスプのパン、いや、甘党の身としてはイスリルで出される甘いクリームを載せて食べる焼き菓子(ビスコーユ)も捨てがたいです。
1:コンスル帝国版図(画像クリックで拡大します)

2:コンスル帝国建国以前(画像クリックで拡大します)
●主人公は魔道師
さて、本シリーズの一番の特徴は、なんといっても魔法、そして魔道師という存在でしょう。
「自らのうちに闇を抱え、人々の欲望の澱をひきうけ、黒い運命を呼吸する」「孤独こそが魔道師のさだめ」という魔道師たち。
〈オーリエラント〉の世界には様々な魔道師が存在します。デビュー作に登場する〝夜の写本師〟こと写本の魔道師をはじめとして、書物の魔道師、大地の魔道師、動物の魔道師、紐結びの魔道師と、実に千差万別だ。おまけに彼らは長生きで、百年以上生きているのはあたりまえ、数百年生きていることも珍しくないのです。
つまりコンスル帝国暦四五〇年ころを舞台にした『魔道師の月』に登場した魔道師が一七八八年を舞台にした「魔道師の憂鬱」(『紐結びの魔道師』収録)に顔を出したり、一四六二年の『赤銅の魔女』に登場した魔道師が一八三〇年の『夜の写本師』にも居たりします。
時を経て、お気に入りの登場人物に再会できる楽しみは、また格別です。
参考までに著者が以前にリストアップした十四大魔法のリストをここに再録します。
*貴石占術 石を使う。石に込められた力を解き放つ、またはその力で防護する。*排月教の魔法 海・月の力を使う。わだつみと闇を支配する強力な力。女性のみが使える。
*ガンディール呪法 人形と人体の一部を使い操る魔法。
*ブアダン 死体を使う。
*マードラ呪法 人柱、死体、負の感情を増幅して使う呪い。
*ウィダチス 動物を術者の意思に従わせる。自身や物を獣に変身させる。
*オイル教 生贄、血液を使う。
*ファサイオン 気の流れを物の位置で制御する。いわゆる風水。
*ギデスディン 書物を使い魔法を発動させる。本の中に隠れ潜むこともできる。
*テイクオク 紐結びを使う。
*カルアンテス 色を使う。
*アルアンテス 日用品と人体の一部を使う。魔女専用。
*エクサリアナ 相手を殺して力を手に入れる。邪法。
*大地の魔法 大地にかかわるものを使う。主に土、水、火、植物、風をあやつる。
上記はあくまでも参考としての分類で、それぞれの魔法にはさらに亜流も存在するし、イスリル帝国の魔法のように皇帝によって目覚めさせられる、上記のリストには入らない魔法も存在しています。
例えば「運命女神(リトン)の指」に出てくる魔法は、運命女神の神がかり的な要素があるため、どこの範疇にも入りません。シリーズを読み進むうちに登場する様々な魔法、そして魔道師たちの物語にどんどん引き込まれていく、それが〈オーリエラントの魔道師〉の世界なのです。
(東京創元社 編集部K)