シャルロッテ・リンクというドイツの作家をご存じでしょうか?
 小社からは『沈黙の果て』『失踪者』(どちらも上下巻)の二作品が推理文庫で刊行されています。それ以前に集英社文庫で『姉妹の家』(上下)という作品も出ていたのでした。
 リンクはドイツでは、国民的作家とでもいうべき作家で、訳者の浅井晶子さんも、たとえて言えば宮部みゆきさんのような存在と書いていらっしゃいます。
 人間心理の深層に隠された闇を実に見事にえぐり出し、読者をぐいぐいと引き込むその筆致は、なるほど、ほぼ一年に一作というペースで発表する長編がことごとくベストセラーになるというのも納得できるところです。

『裏切り』は、ロンドン警視庁の刑事、ケイト・リンヴィルが主人公となった、シリーズの一作目です。颯爽とした出来る女の話……? と思いきや、人づき合いが苦手、孤独で、恋人も友人もいない、仕事に自信も持てず、警察内部でも浮いた存在なのです。
 そんな彼女が長期休暇をとって、ロンドンから生家のあるヨークシャーに帰ってきたのは、彼女が尊敬し憧れ、唯一心を許していた元ヨークシャー警察の敏腕警部だった父が自宅で何者かに殺されたからでした。最愛の父を失った衝撃ははかり知れず、ケイトは打ちのめされました。
 伝説の名警部だった父ゆえ、刑務所送りにした人間は数知れず、そういう者たちの報復=お礼まいりだろう、というのが地元警察の見立てでした。捜査の指揮を執るケイレブ警部はアルコール依存症の治療から復帰したばかり、有能な部下ジェインらと出所したての男の行方を追うばかり。捜査はいっこうに進まず、ケイトは苛立ち、捜査権がないのに勝手な行動でケイレブたちを困らせ続けるという展開。
 そこに、正体不明の女性からケイトに連絡が入ります。殺された父親のことで話したいことがあるというのです。とにかく、会って話したいという彼女の元に単身向かったケイトを待っていたのは、父親同様惨殺された彼女の死体でした! 

 一方、ロンドンに住むシナリオライター、ジョナス・クレインとその妻は、養子の息子と暮らしていたが、仕事で神経をすり減らしたジョナスは医師の勧めで人里離れたヨークシャーの田舎の農場を借りて休暇を過ごすことになっていました。しかし、その静かな休暇は、養子の息子の生母と、その恋人という怪しげな男に脅やかされることになるのでした。

 この二つの流れがひとつに収束していく見事な業! ひとたび読み始めたらその濁流のような勢いから、逃れることはまずできないはずです。
 裏切りの衝撃、驚愕の展開……決して大袈裟な売り文句でないことを実感して頂けると思います。
 心して読み始められることをお勧めします。金曜日の夜からというのが最良です。

 このチームプレイのできない、非リア充刑事(©浅井晶子)ケイト・リンヴィル・シリーズは本国ドイツではすでに三作刊行され、四作目は9月刊予定となっています。
 創元推理文庫版のシリーズ第二作は、来年の夏を予定しております。
 
 2017年刊の『失踪者』に書評家の♪akiraさんは「普段ミステリーを読まない人に特に薦めたい、超絶面白本だ(……)ひねりの効いたプロットに絶妙のひっかけ、最後の最後まで前のめりに読ませるドイツのベストセラー作家の特急サスペンス、お薦めだ」と「本の雑誌」誌上に、大矢博子さんは「ミステリ・マガジン」で「二転三転する構成も見事。ミステリとしても、心理ドラマとしても、圧巻の一冊である」とそれぞれに賛辞を寄せてくださいました。
『失踪者』『沈黙の果て』を読まれた方も、初めてシャルロッテ・リンクという作家に出会われた方も、このケイト・リンヴィル・シリーズ第一作『裏切り』で、著者の途轍もない魅力をご堪能ください。とにかくスゴイんです。