二冊目に紹介するのは、サラ・ピアースの初長篇『サナトリウム』(岡本由香子訳 角川文庫 1220円+税)だ。『ゲストリスト』と同じく孤絶環境での長篇だ(こちらは嵐の孤島ならぬ吹雪(ふぶき)の山荘パターン)。ウィルという、皆に魅力を振りまく男性も重要人物として登場するし、孤島/山荘に集(つど)う理由も結婚パーティーと婚約パーティーで似ている。本格ミステリ的な枠組(わくぐ)みを活かしつつ、推理ではなくサスペンスに軸足を置いている点も共通している。だが、味わいや構成はまったく別物だ。本書は、エリンというイギリスの警察で巡査部長の地位にある女性を明確な中心人物として進んでいくのである。
スイスはアルプスの山岳リゾートにある豪華ホテル〈ル・ソメ〉。エリンは、恋人のウィルとともに、標高二二〇〇メートルに位置するこのホテルを訪れた。弟アイザックの婚約パーティーに招待されたのだ。アイザックとは、末弟のサムを巡る不幸な出来事以来、ぎこちない関係になってしまっており、今回が四年ぶりの再会となる。そんな彼女の緊張を、さらにつのらせる存在があった。〈ル・ソメ〉そのものである。一九世紀後半に設立されたサナトリウムを八年かけて改築したこのホテルは、病院らしい造作と豪華なホテルとしての優美な内装を共に備えており、その対比が異様さを醸(かも)し出していたのである。エリンは、このホテルを訪れた時点から不穏さを感じていたが、彼女の予感通り、その夜から惨劇が始まった……。
本書ではまず、序盤から閉所恐怖症/高所恐怖症的なスリルをもたらす描写が登場し、読者の心臓をぎゅっと締め付ける。その後、猛吹雪によって孤立したホテルで連続する殺人がもたらす緊迫感と、被害者たちに加えられた象徴的でありながら目的不明の残虐行為の謎で魅了する。さらには唯一の捜査経験者として現場で事件の調査を進めるエリンが焦燥感に囚われ、あちこちで衝突する様さえもまた、ダークな刺激として頁(ページ)をめくらせる。
そうしたサスペンスの枠組みのなかで、登場人物たちは隠し事をして、サナトリウムからホテルに至るまでの歴史にひそむ秘密もエリンたちに魔手を伸ばし、エリン自身の過去も牙(きば)をむく。そうした事件の進行とともに、エリンが抱える悩み――仕事上のものも恋人や家族との関係のものも――が語られ、そちらのドラマとしても読ませる。そう、〝刺激てんこ盛り〟の一冊なのだ。不気味で謎めいたエピローグを含めて。
最後に紹介するのは、『死まで139歩』(平岡敦訳 ハヤカワ・ミステリ 1800円+税)だ。著者はポール・アルテ。まさかアルテを二回連続で紹介することになるとは思わなかったが、嬉しい出来事だ。前回とは異なり、今回は犯罪学者のアラン・ツイスト博士が名探偵役を務める。邦訳としては一二年ぶりの登場となり、これまた嬉しい。
本書ではまず、序盤から閉所恐怖症/高所恐怖症的なスリルをもたらす描写が登場し、読者の心臓をぎゅっと締め付ける。その後、猛吹雪によって孤立したホテルで連続する殺人がもたらす緊迫感と、被害者たちに加えられた象徴的でありながら目的不明の残虐行為の謎で魅了する。さらには唯一の捜査経験者として現場で事件の調査を進めるエリンが焦燥感に囚われ、あちこちで衝突する様さえもまた、ダークな刺激として頁(ページ)をめくらせる。
そうしたサスペンスの枠組みのなかで、登場人物たちは隠し事をして、サナトリウムからホテルに至るまでの歴史にひそむ秘密もエリンたちに魔手を伸ばし、エリン自身の過去も牙(きば)をむく。そうした事件の進行とともに、エリンが抱える悩み――仕事上のものも恋人や家族との関係のものも――が語られ、そちらのドラマとしても読ませる。そう、〝刺激てんこ盛り〟の一冊なのだ。不気味で謎めいたエピローグを含めて。
最後に紹介するのは、『死まで139歩』(平岡敦訳 ハヤカワ・ミステリ 1800円+税)だ。著者はポール・アルテ。まさかアルテを二回連続で紹介することになるとは思わなかったが、嬉しい出来事だ。前回とは異なり、今回は犯罪学者のアラン・ツイスト博士が名探偵役を務める。邦訳としては一二年ぶりの登場となり、これまた嬉しい。
ネヴィルという男性がパブで見かけた女性に魅了され、あとを追い、犯罪の予告めいた言葉を耳にする。ジョンという男性は、手紙を届け、別の手紙を持ち帰るという一日がかりの仕事を二ヶ月ほど続けていたとツイスト博士に語る。ダグラス大佐は、退職後、ロンドン近郊のピッチフォード村で暮らす。その村に住むローラは、三〇そこそこで十分美人。そして十歳以上年上の夫に不満を覚えている。夫の友人のウォルターは、ローラの愛人の座を失ったところ。ウォルターの妻のエマもまた夫に不満を覚えている。エマと兄は、死後五年間、ピッチフォード村の屋敷に足を踏み入れるなという叔父の遺言を守り、三ヶ月後に貯金を相続しようとしている。
そしてネヴィルが耳にした言葉に合致する殺人事件がロンドンで発生し、ピッチフォード村ではエマたちの叔父の屋敷で事件が起こる。奇妙な、奇妙な、奇妙な事件が。ツイスト博士とネヴィルは両方の事件に関与することとなり……。
ロンドンの事件では、死体の傍(かたわ)らに六足の靴が、そしてピッチフォード村の事件では、実に一三九足の靴が屋敷の中に並べられていた(奇妙その一)。その屋敷に置かれていたのは靴だけではない。死体もだった。明らかに死んでから何年も経っているが、埃(ほこり)はまったくついておらず、直前に置かれたようだった(奇妙その二)。そして死体は足跡のない埃という密室状況と、さらには屋敷そのものがすべて施錠されているという二重の密室のなかで発見された(奇妙その三)。この事件の設定だけでもアルテらしさが炸裂していて嬉しい。
しかもそこに、著名な名探偵譚(たん)のようなエピソードが注入されていたり、本筋からの脱線を厭(いと)わずに本格ミステリというジャンルや密室トリックに関してツイスト博士が熱弁を振るう様が描かれているから、なおさら嬉しくなる。また、密室トリックもさることながら、最後で明かされる〝靴に関する動機〟が抜群にチャーミングだ。法月綸太郎(のりづき・りんたろう)の熱い解説(殊能将之(しゅのう・まさゆき)への言及もたっぷり)を含め、アルテファン歓喜必至のミステリである。
そしてネヴィルが耳にした言葉に合致する殺人事件がロンドンで発生し、ピッチフォード村ではエマたちの叔父の屋敷で事件が起こる。奇妙な、奇妙な、奇妙な事件が。ツイスト博士とネヴィルは両方の事件に関与することとなり……。
ロンドンの事件では、死体の傍(かたわ)らに六足の靴が、そしてピッチフォード村の事件では、実に一三九足の靴が屋敷の中に並べられていた(奇妙その一)。その屋敷に置かれていたのは靴だけではない。死体もだった。明らかに死んでから何年も経っているが、埃(ほこり)はまったくついておらず、直前に置かれたようだった(奇妙その二)。そして死体は足跡のない埃という密室状況と、さらには屋敷そのものがすべて施錠されているという二重の密室のなかで発見された(奇妙その三)。この事件の設定だけでもアルテらしさが炸裂していて嬉しい。
しかもそこに、著名な名探偵譚(たん)のようなエピソードが注入されていたり、本筋からの脱線を厭(いと)わずに本格ミステリというジャンルや密室トリックに関してツイスト博士が熱弁を振るう様が描かれているから、なおさら嬉しくなる。また、密室トリックもさることながら、最後で明かされる〝靴に関する動機〟が抜群にチャーミングだ。法月綸太郎(のりづき・りんたろう)の熱い解説(殊能将之(しゅのう・まさゆき)への言及もたっぷり)を含め、アルテファン歓喜必至のミステリである。
■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。