アイルランド沖の孤島で、結婚式が開催されようとしていた。花嫁は、創設したウェブ雑誌をヒットさせたジュール、花婿はTV番組の人気者ウィル。美男美女の華やかなカップルである。本土から船で訪れた来客たちとともにウェディングパーティーは進行していたが、あいにくとその日は猛烈な嵐だった。会場となったテントは風に震え、電気も不安定でときおり暗闇が人々を吞(の)み込む。そんな状況下で、一人のウェイトレスが告げた。会場の外に血まみれの死体があると……。

 ルーシー・フォーリーの『ゲストリスト』(唐木田みゆき訳 ハヤカワ・ミステリ 2100円+税)は、嵐の孤島で発生した殺人事件を描いたミステリである。本格ミステリファンの大好きなシチュエーションだ。本書においては、前述のように序盤で早速血まみれの死体が転がるのだが、〝嵐の孤島の殺人事件〟という言葉から予想する通りに物語が進むのはここまで。最終的には、おそらく多くの読者が抱いたであろう先入観とはまるで別のかたちで着地するのである。

 本書は、ウェイトレスの言葉から死体発見へと続く「現在」と並行して、前日から現在に至るまでの模様が視点を次々に切り換えながら語られる。花嫁、ウェディング・プランナー、新郎新婦の付き添い、等々。そして、その語りこそが、本書の本質なのだ。皆が皆、腹に一物(いちもつ)を抱えており、それらが酒と麻薬と性欲のなかで徐々に共鳴していく。混沌(こんとん)が加速し、刺激も加速し、サスペンスが醸成(じょううせい)されていくのだ。

 構成も巧みだ。冒頭の「現在」のパートでは死体の存在だけが語られ、殺人らしいことは匂わされるものの、誰が犯人か、さらには誰が被害者かも明かされていない。その状態で登場人物たちの抱えたドロドロや悪趣味/猥雑(わいざつ)な言動が描かれるのである。刺激的にならないわけがない。しかも登場人物たちの秘密がぶつかりあうなかで、闇に葬(ほうむ)られていた事件に光が当たる衝撃も味わえる。名探偵不在のまま突っ走るこの異色の〝嵐の孤島ミステリ〟、新鮮な刺激を求めるなら読み逃すわけには行くまい。


■村上貴史(むらかみ・たかし)
書評家。1964年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。文庫解説ほか、雑誌インタビューや書評などを担当。〈ミステリマガジン〉に作家インタヴュー「迷宮解体新書」を連載中。著書に『ミステリアス・ジャム・セッション 人気作家30人インタヴュー』、共著に『ミステリ・ベスト201』『日本ミステリー辞典』他。編著に『名探偵ベスト101』『刑事という生き方 警察小説アンソロジー』『葛藤する刑事たち 警察小説アンソロジー』がある。

紙魚の手帖Vol.03
ほか
東京創元社
2022-02-10