門前典之『卵の中の刺殺体 世界最小の密室』(南雲堂 1800円+税)は、一級建築士にして名探偵の蜘蛛手啓司(くもで・けいじ)が活躍するシリーズの最新長編。
いっぽう、蜘蛛手の助手であり、事務所の共同経営者である宮村は、以前にこの龍神池からそう離れていない場所に建つ別荘で、二年連続して密室殺人事件に遭遇。さらに時を隔(へだ)てたこれらの事件には、電動ドリルで殺害した遺体をコンクリートで細工する連続殺人鬼〈ドリルキラー〉とも関連が……。
まずなんといっても目を惹くのが、タイトルにもなっている〝世界最小の密室〟だ。〈ドリルキラー〉による凄惨な人体オブジェも門前作品ならではの不可解かつ強烈なヴィジュアルで衝撃的だが、魅力的な謎としてのインパクトは卵のほうが勝る。本作は、この密室を堅牢な謎としてではなく、容易には見抜けない全体像を引き出すための重要な手掛かりとして機能させている点が面白い。序盤ではせいぜい龍神池とコンクリート程度しか共通項を見出せないバラバラなエピソードの断片。それらが蜘蛛手の推理によってこの卵を中心に、みるみる接点が生まれ、なんとも複雑な思惑を秘めた絵柄が次第に浮かび上がっていくめくるめく展開が一番の読みどころ。
また今回から蜘蛛手と宮村に加え、紅一点の新たなキャラクターが登場し、新風を吹き込んでいる。次作以降、どのような活躍を見せてくれるのか愉しみだ。
ふたつのプロローグで描かれる、うつぶせに倒れて血を流している女性と、市長を轢(ひ)き殺そうと強い恨みを抱えて待ち構える〝俺〟。そして挿(はさ)まれる〝美夏〟という女性を殺した何者かの独白が綴(つづ)られたメール、それぞれ複雑な事情を抱えていると思(おぼ)しきふたりの女子高生など、接点の見えない断片がいくつも積みあがり、まったく予断を許さない。
美波の視点で描かれる職場の日常が、教職現場の内幕もののようなテイストでもあるのは、実際に教員だった経歴を持つ著者ならでは。そうした知識や経験がミステリ部分にもしっかりと活かされていて、なかには初めて識(し)ることもあり、じつに興味深い。
長野県にある龍神池が渇水により水位が下がり、卵型のコンクリートの塊(かたまり)が現れた。なかには白骨化した女性の死体があり、その右眼窩(がんか)には包丁が刺さっていた。内部の状況から、被害者は卵に閉じ込められたあともしばらく生きていたようなのだが、コンクリートには凶器が通るような大きさの穴はなく、〝世界最小の密室内で起きた殺人〟としてセンセーショナルに報じられた。
いっぽう、蜘蛛手の助手であり、事務所の共同経営者である宮村は、以前にこの龍神池からそう離れていない場所に建つ別荘で、二年連続して密室殺人事件に遭遇。さらに時を隔(へだ)てたこれらの事件には、電動ドリルで殺害した遺体をコンクリートで細工する連続殺人鬼〈ドリルキラー〉とも関連が……。
まずなんといっても目を惹くのが、タイトルにもなっている〝世界最小の密室〟だ。〈ドリルキラー〉による凄惨な人体オブジェも門前作品ならではの不可解かつ強烈なヴィジュアルで衝撃的だが、魅力的な謎としてのインパクトは卵のほうが勝る。本作は、この密室を堅牢な謎としてではなく、容易には見抜けない全体像を引き出すための重要な手掛かりとして機能させている点が面白い。序盤ではせいぜい龍神池とコンクリート程度しか共通項を見出せないバラバラなエピソードの断片。それらが蜘蛛手の推理によってこの卵を中心に、みるみる接点が生まれ、なんとも複雑な思惑を秘めた絵柄が次第に浮かび上がっていくめくるめく展開が一番の読みどころ。
また今回から蜘蛛手と宮村に加え、紅一点の新たなキャラクターが登場し、新風を吹き込んでいる。次作以降、どのような活躍を見せてくれるのか愉しみだ。
谷原秋桜子(たにはら・しょうこ)・愛川晶『教え子殺し 倉西美波最後の事件』(原書房 1800円+税)は、『鏡の迷宮、白い蝶』から十一年ぶりとなる〈美波の事件簿〉シリーズ最新作(一応触れておくと、谷原秋桜子は愛川晶の別名義)。あのアルバイトに励んでいた女子高生の倉西美波が成長し、母校で教鞭(きょうべん)をとっていることに感慨を覚えずにはいられないが、物語も今日的かつデリケートな題材を扱った物語にアップデートされており、加えてなんとも穏やかではないタイトルに読む前から心が波立つ。
ふたつのプロローグで描かれる、うつぶせに倒れて血を流している女性と、市長を轢(ひ)き殺そうと強い恨みを抱えて待ち構える〝俺〟。そして挿(はさ)まれる〝美夏〟という女性を殺した何者かの独白が綴(つづ)られたメール、それぞれ複雑な事情を抱えていると思(おぼ)しきふたりの女子高生など、接点の見えない断片がいくつも積みあがり、まったく予断を許さない。
美波の視点で描かれる職場の日常が、教職現場の内幕もののようなテイストでもあるのは、実際に教員だった経歴を持つ著者ならでは。そうした知識や経験がミステリ部分にもしっかりと活かされていて、なかには初めて識(し)ることもあり、じつに興味深い。
シリーズ読者なら「待ってました」と声を上げてしまうに違いない、美波もよく知る〝彼〟が登場してからの謎解きと驚きの連続は圧巻。物語を彩(いろど)る枝葉だと思っていたものが、にわかに黒々と立ち上がる様は、そう簡単には見抜けないだろう。そしてタイトルの〝最後の事件〟の真意が、なんとも心憎い。
■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。