岡嶋二人『クラインの壺』(1989年)が刊行されてから三十年以上の月日が流れ、当時は珍しかったバーチャル・リアリティを扱ったミステリもすっかりポピュラーになった。それだけVRがより身近なものとなり、書き手の興味を掻き立て続けてきた証左といえるが、方丈貴恵『名探偵に甘美なる死を』(東京創元社 2000円+税)は、その最新かつ特筆すべき収穫である。
世界的ゲーム会社「メガロドンソフト」の大ヒットVR推理ゲームの続編『ミステリ・メイカー2』。その発売に先駆け、プロデューサー兼役員の椋田千景(くらた・ちかげ)の呼びかけで、ある特別な試遊会が催されることに。計八名の素人(しろうと)探偵を瀬戸内海(せとないかい)の島にある保養所「メガロドン荘」に集め、頂上決戦をしようというのだ。
迎えた当日。ゲームの監修作業とあわせて事前に犯人役を任されていた雑誌ライターの加茂冬馬(かも・とうま)をはじめ、八名の参加者はいずれも抜き差しならない状況に追い込まれ、VR空間へ。そこで椋田から、こう告げられる。
「これから、皆さんに命を懸けたゲームに参加してもらいます。そのゲームの名は……『探偵に甘美なる死を』」
それは、VR空間にある傀儡(かいらい)館と現実世界のメガロドン荘――ふたつのクローズド・サークルで起こる一連の事件の謎解きを競い合わせ、敗北すれば現実の死がもたらされる危険なゲームの始まりだった。しかも参加者のなかには、椋田の息のかかった〝執行人〟が紛れており……。
鮎川賞を受賞したデビュー作『時空旅行者の砂時計』の加茂がふたたび主人公を務め、さらに参加者のなかには『孤島の来訪者』で重要な役回りを演じた竜泉佑樹(りゅうぜん・ゆうき)も含まれており、本作もまた〈竜泉家の一族〉の物語に連なる内容になっている(あの案内役も、もちろん登場)。
推理を披露するチャンスは各人一回のみ、しくじれば死――というサバイバル型〝館〟ミステリの本作が一段とユニークなのは、加茂が探偵役だけでなく、ゲームのなかで犯罪を遂行する犯人役としても立ち回らなければならない点にある。つまりVR空間で加茂がどのように不可能犯罪を成し遂げたのかも、謎のひとつとして提示されるのだ。加茂にとってはなんとも負担の大きい役どころだが、このゲームには探偵役が犯人役の起こした事件を完全解答ではなく部分正解してしまうと探偵役と犯人役どちらもゲームオーバーという底意地の悪いルールが課せられており、素人探偵らが途中からあさっての推理を繰り広げてしまい、加茂が頭を抱える場面では気の毒ながら笑いが込み上げてしまった。
斯様に推理の愉(たの)しみが凝縮された本作には、本格ミステリとしての美点がまだまだ綺羅星(きらぼし)のごとくいくつも輝いている。なかでも、ある事件の際に落ちていた六角ナットがカギとなる、まさにこの舞台設定ならではの仕掛け。そして、終盤で大いに感心してしまった仕上げの演出の上手さだ。瑕疵(かし)というほどでもないが目の端に留まる些細(ささい)な引っ掛かりを、エモーショナルな場面でいささか力で押し切ってしまった感じ。
それらはほかの多くの作品でも見受けられがちなものだが、著者はあえてそうした小さなささくれを残しておき、あとから優れた左官のごとく、つぎからつぎへときれいに塗り直してみせる――まるで「ここが気になっていたのでしょう?」と読み手の胸中を見透かしているかのように。ぐうの音(ね)も出ないとはこういうことか。二〇二二年が始まったばかりだが、本作を凌駕(りょうが)する濃密にして目の行き届いた本格ミステリに果たして出逢えるだろうか。
迎えた当日。ゲームの監修作業とあわせて事前に犯人役を任されていた雑誌ライターの加茂冬馬(かも・とうま)をはじめ、八名の参加者はいずれも抜き差しならない状況に追い込まれ、VR空間へ。そこで椋田から、こう告げられる。
「これから、皆さんに命を懸けたゲームに参加してもらいます。そのゲームの名は……『探偵に甘美なる死を』」
それは、VR空間にある傀儡(かいらい)館と現実世界のメガロドン荘――ふたつのクローズド・サークルで起こる一連の事件の謎解きを競い合わせ、敗北すれば現実の死がもたらされる危険なゲームの始まりだった。しかも参加者のなかには、椋田の息のかかった〝執行人〟が紛れており……。
鮎川賞を受賞したデビュー作『時空旅行者の砂時計』の加茂がふたたび主人公を務め、さらに参加者のなかには『孤島の来訪者』で重要な役回りを演じた竜泉佑樹(りゅうぜん・ゆうき)も含まれており、本作もまた〈竜泉家の一族〉の物語に連なる内容になっている(あの案内役も、もちろん登場)。
推理を披露するチャンスは各人一回のみ、しくじれば死――というサバイバル型〝館〟ミステリの本作が一段とユニークなのは、加茂が探偵役だけでなく、ゲームのなかで犯罪を遂行する犯人役としても立ち回らなければならない点にある。つまりVR空間で加茂がどのように不可能犯罪を成し遂げたのかも、謎のひとつとして提示されるのだ。加茂にとってはなんとも負担の大きい役どころだが、このゲームには探偵役が犯人役の起こした事件を完全解答ではなく部分正解してしまうと探偵役と犯人役どちらもゲームオーバーという底意地の悪いルールが課せられており、素人探偵らが途中からあさっての推理を繰り広げてしまい、加茂が頭を抱える場面では気の毒ながら笑いが込み上げてしまった。
斯様に推理の愉(たの)しみが凝縮された本作には、本格ミステリとしての美点がまだまだ綺羅星(きらぼし)のごとくいくつも輝いている。なかでも、ある事件の際に落ちていた六角ナットがカギとなる、まさにこの舞台設定ならではの仕掛け。そして、終盤で大いに感心してしまった仕上げの演出の上手さだ。瑕疵(かし)というほどでもないが目の端に留まる些細(ささい)な引っ掛かりを、エモーショナルな場面でいささか力で押し切ってしまった感じ。
それらはほかの多くの作品でも見受けられがちなものだが、著者はあえてそうした小さなささくれを残しておき、あとから優れた左官のごとく、つぎからつぎへときれいに塗り直してみせる――まるで「ここが気になっていたのでしょう?」と読み手の胸中を見透かしているかのように。ぐうの音(ね)も出ないとはこういうことか。二〇二二年が始まったばかりだが、本作を凌駕(りょうが)する濃密にして目の行き届いた本格ミステリに果たして出逢えるだろうか。
■宇田川拓也(うだがわ・たくや)
書店員。1975年千葉県生まれ。ときわ書房本店勤務。文芸書、文庫、ノベルス担当。本の雑誌「ミステリー春夏冬中」ほか、書評や文庫解説を執筆。