◎INTERVIEW 期待の新人 明神しじま『あれは子どものための歌』

第7回ミステリーズ!新人賞佳作「商人(あきんど)の空誓文(からせいもん)」を含む連作集『あれは子どものための歌』は、架空の異国を舞台にした異色のミステリです。
著者の明神しじまさんにお話をお伺いしました。


――最初に、簡単な自己紹介をお願いいたします。
 明神(みょうじん)しじま、一九八九年生まれ、東京都出身です。
 早稲田大学在学中は、ワセダミステリクラブに所属していました。クラブに入会するきっかけは『小説すばる』二〇〇七年四月号の「対談 北村薫×法月綸太郎 東のワセダ、西の京大 原点は大学ミステリ研究会 ~新本格二十周年の年に~」という記事を読んだことです。お二人の語るサークルの思い出話がすごく楽しそうで、「自分も大学で一緒にミステリを読んだり書いたりする仲間が欲しいな」と思いました。

――この度は『あれは子どものための歌』(以下、本作)の刊行、おめでとうございます。少し前になりますが選考結果の連絡を受けたとき、どちらにいらして、なにをしていましたか?
 ありがとうございます。選考結果はまず、自宅のパソコンに届いたメールで知りました。現在は違うようですが、第7回ミステリーズ!新人賞のときは、希望すれば最終選考の結果もメールでご連絡いただけたからです。頭の中が真っ白になって、モニター画面を凝視したまま、しばらく固まっていました。

――小説の執筆歴、投稿歴を教えてください。
 物語を作り始めたのは三歳ぐらいからです。寝る前に親が本の読み聞かせをしてくれたのですが、あるときから自分で作るようになったそうです。当時は子ども部屋で、二歳上の兄と並んで寝ていたので、最初の聴き手は兄でした。毎夜、布団に入ったらお話を始めて、どちらかが寝たらおしまいでした。
 幼少時の将来の夢は絵本作家でしたが、小学生の頃から小説家を志(こころざ)すようになりました。
 公募新人賞への投稿歴は、「商人の空誓文」が三本目です。

――ミステリーズ!新人賞に応募されたきっかけは?
 伊坂幸太郎さんの『アヒルと鴨のコインロッカー』を刊行した出版社が主催する新人賞で、桜庭一樹さんが選考委員をなさると知ったからです。もちろん、最終候補に残らなければ作品が選考委員の方々のお目に触れることもないのですが、「この作品を桜庭さんに読んでいただけるかもしれない」というのがとても魅力的でした。

――ちなみに、ペンネームの由来は何でしょうか?
「明神しじま」はもともと自分の習作のキャラクターの名前でした。ミステリーズ!新人賞の投稿時にワセダミステリクラブで使っている筆名とは別名義で応募したくなったので、「商人の空誓文」の世界観に合う名前という条件で選びました。

――本作は架空の異国を舞台に、この世の理(ことわり)に背(そむ)く力に人生を狂わされる人々の物語と、その背後で進行する国を揺るがす陰謀を描いた、異色の連作ミステリです。執筆のきっかけは何ですか?
 まず、物語の鍵を握るカルマというキャラクターありきでした。彼の設定を基に世界観を構築して、彼と対峙(たいじ)するフェイという商人を配置し、彼らにふさわしいトリックや謎を組み上げました。

――第一話である、第7回ミステリーズ!新人賞佳作入選した「商人の空誓文」は、三つのエピソードが並行して語られます。一見関係が無さそうな三つの話が終盤でひとつになるとき、驚愕(きょうがく)の真相が浮かび上がる、大胆な仕掛けでした。着想のきっかけは何でしょうか?
『千夜一夜物語』が大好きなので、入れ子構造のミステリに挑戦したかったからかもしれません。他には、伊坂幸太郎さんの『ラッシュライフ』や、ガイ・リッチー監督の映画『スナッチ』のような群像劇からも影響を受けていると思います。

――本作には五話収録され、交互に探偵役を務めるのが、対照的な商人のカルマとフェイです。彼らが生まれたきっかけは?
 カルマが生まれたきっかけは、祖父を癌(がん)で亡くしたことです。他にも親戚には癌サバイバーがいたのですが、そのとき初めて「ああ、自分も癌で死ぬのかもしれないな」とはっきり意識し、急に怖くなりました。そこで思考停止したら余計に怖くなるのはわかっていたため、とにかく癌について調べました。情報収集するうち、癌細胞の「自分でもコントロールの利かない増殖能力のせいで宿主(しゅくしゅ)である人間を殺してしまい、己も滅ぶ」という生存競争の理に適(かな)っていない性質に興味を持ちました。そこから、「己のあるがままに生きようとするだけで、世界を滅ぼしかねない男」というキャラクターが生まれました。
 反対に、フェイは世界を守るために、カルマと対峙する者として作ったキャラクターです。人体で言えば、白血球のような役割を与えました。

――本作の特徴は、この世の理に背く力を手に入れた人々が、殺人や陰謀に巻き込まれ、事態解決にフェイたちが推理の力で立ち向かっていくという独特さにあると思います。どこから着想したのでしょうか?
 先の回答でも挙げましたが、『千夜一夜物語』のイメージが原型にあると思います。強大な力を持つ魔人や怪物などを、商人や漁師や乙女たちが知恵を絞って出し抜くという構図が好きなんです。

――魔法とも呼べる不思議な力と、ロジカルな推理。正反対のふたつの題材を組み合わせ、本格ミステリを書く難しさはありませんでしたか?
 主人公が異世界の謎を解くというファンタジイは珍しくありませんし、宮部みゆきさんの『龍は眠る』、石持浅海さんの『BG、あるいは死せるカイニス』などを読んでいたので、本格ミステリとの相性は悪くないだろうと考えていたのですが、いざ自分で書くとなると思った以上に大変でした。

――本作で登場するのは、どんな賭けにも負けない力を得た少女(第二話)、あらゆる傷を跡形なく消し去る名医(第三話)などです。彼女たちの特徴ありきで物語を組み立てたのでしょうか? あるいは、トリックや謎から?
 物語の組み立て方は、話によって異なります。
 第一話と第三話はキャラクター設定から世界観やストーリーを作りました。第二話と第五話はメインの謎から、第四話は若さというテーマから考案しました。

――最終話で今まで登場した主要キャラたちが勢揃いし、全てが繫(つな)がる連作ミステリの形式は、最初から決めていたのでしょうか?
 構想はなかったのですが、書いているうちにキャラクターたちに愛着が湧き、それぞれの物語に区切りをつけてあげようとした結果、最終話で全員集合という形になりました。

――在学中に所属されていたワセダミステリクラブでのご経験は、執筆にどのように活かされていますか?
 サークル仲間にお薦めのミステリを紹介してもらえるので、今まで手に取らなかったような本との出会いがたくさんありました。作家志望の友人たちと情熱的に語り合うのは楽しく、執筆意欲を高めてくれました。講演会にお越しいただいたミステリ作家の方々と打ち上げの飲み会でお話しできたのも、貴重な経験でした。

――好きな作家と作品をそれぞれ教えてください。
 伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』
 桜庭一樹『赤朽葉家(あかくちばけ)の伝説』
 柳広司『百万のマルコ』
 京極夏彦〈巷説(こうせつ)百物語〉シリーズ
 ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』
 レイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国』
 アイザック・アシモフ『コンプリート・ロボット』

――ご自身で目指す理想のミステリの形はありますか?
 謎が解き明かされた途端、ふと本から顔を上げたときに見える景色が少し違って見えるようなミステリを目指したいです。
 自分はもともとファンタジイ作家を志していました。
 ところが、高校生の頃に伊坂幸太郎さんの『アヒルと鴨のコインロッカー』を読んで、作中の視点人物より先に謎が全て解ける、という人生初の体験をしました。しかも、謎が解けても面白さが全く色褪(いろあ)せないどころか、さらに読み進める面白さが増して驚きました。
 この読書体験をもう一度、とその後しばらく最寄(もよ)りの図書館の〈ミステリ・フロンティア〉を片っ端から借りる日々が続きました。飛行船ロゴの未読本が尽きる頃には、ミステリの魅力に目覚めていて、次第に読むだけでは満足できなくなり――ミステリ作家志望に転向し、今に至ります。
 ですから、理想形のひとつは『アヒルと鴨のコインロッカー』です。

――本誌の読者に向けて一言お願いいたします。
『アヒルと鴨のコインロッカー』『少女には向かない職業』『さよなら妖精』も、〈ミステリ・フロンティア〉から刊行された作品です。いつかこのレーベルから本を出したいという憧れを抱いていました。まさか一作目から出せるとは予想していませんでしたので、人生はわからないものです。拙作『あれは子どものための歌』を、どうかよろしくお願いいたします。

――今後書きたい題材や抱負があればお聞かせください。
 現代日本を舞台にしたミステリも、機会があれば発表したいです。『ガリバー旅行記』のような冒険譚(たん)や風刺物も好きなので、ミステリと組み合わせて書いてみたいです。
 ミステリのロジックについてはまだまだ勉強中ですので、日々精進いたします。
 今後も、失敗を恐れず、果敢に挑戦していきたいです。



明神しじま(みょうじん・しじま)
1989年東京都生まれ。早稲田大学卒。在学中はワセダミステリクラブに所属。2010年「商人の空誓文」が第7回ミステリーズ!新人賞佳作となる。2013年に発表した「あれは子どものための歌」は、翌年、本格ミステリ作家クラブの年刊アンソロジーにも選ばれた。2022年、両作を含む連作短編集『あれは子どものための歌』でデビュー。巧みな語り口で本格ミステリの謎解きを描き、独自の作風で魅せる期待の新鋭。

【本インタビューは2022年2月発売の『紙魚の手帖』vol.03の記事を転載したものです】