400人の魔道師によって作られた、あらゆる書物を読むことのできる図書館島。世界のどこかで巻物や本が作られると、この島の木々にまったく同じ体裁の本が実となって結び、原本が失われるとその枝も枯れる。印刷技術すらまだない世界に、魔法で作られた全ての知のミラーサイトのような存在だ。ところがある日、本の蒐集家(しゅうしゅうか)・セパター王子の奸計(かんけい)によって島を形成する魔法が破られ、本の護り手の一族と住人ごと、島は海に沈められてしまう。2000人以上の島民がいたにも関わらず、生き残ったのは、9歳の少年ヴィンと幼馴染の少女シトルフィの二人だけだった……。

 乾石智子(いぬいし・ともこ)『久遠の島』《オーリエラントの魔道師》シリーズの最新刊で、『夜の写本師』のおよそ1000年前の出来事が描かれる。魔法の図書館島が身勝手な蒐集家によって破壊されるという、理不尽極まりない出来事から語り起こされた物語は、故郷と一族を一夜にして奪われ、ばらばらになった兄弟と幼馴染の少女の放浪の旅を経て、終盤では写本の都パドゥキアへと舞台を移す。図書館島の魔法に充ちた日常風景の穏やかさが心地よいだけに、安寧(あんねい)の脆(もろ)さや、闇につけいられ転がり落ちる人の弱さ、そしてその汚濁(おだく)を引き受ける魔道師というこのシリーズのテーマが際立つ。実は今年は『夜の写本師』から数えて乾石智子デビュー10周年にあたる。そう思って本作に立ち返ると、千年の時を経て『夜の写本師』へと繋がる最後の一行が一層感慨深い。

《オリシャ戦記》は、ナイジェリア系アメリカ人のトミ・アデイェミが、ルーツである西アフリカの神話を下敷きに描いたYAファンタジイシリーズだ。舞台となるオリシャ国は、かつては魔力を持つ者と持たない者が共存していたが、魔師を憎む国王サラン王が魔師を虐殺、神器を封印することで国から魔法を一掃。以来、王は魔法は国を引き裂く悪の源(みなもと)だという思想を貫(つらぬ)き、魔力を持つ民を徹底して弾圧し続けている。

 虐殺で母を殺された魔師の娘ゼリィと父親の圧政に疑問を抱いた王女アマリの出会いから、この世界に魔法の力を呼び戻す過程を描いた前巻『オリシャ戦記 血と骨の子』は、アフリカならではの鮮烈な色彩に彩られた文化描写のエキゾチシズムと、人種差別運動に呼応する内容が中世ヨーロッパ的世界が主流のファンタジイに一石を投じる作品として注目を集め、優れたYA作品に贈られるアンドレ・ノートン賞も受賞している。


 さてその第2巻『オリシャ戦記 PART2 美徳と復讐の子』(三辺律子訳 静山社 2500円+税)。ゼリィたちが行った魔法の開放は思わぬ副産物を産み出した。魔力を持たないはずの人々の中に、魔法に目覚める者が次々に現れたのだ。しかしそうなってもなお、対立の構図は変わらず、痛みや憎しみの前で穏健派の言葉はなんの力も持たず、国王の軍隊と魔師の戦は壮絶な魔法戦争へと姿を変え、魔法をただの武器に貶(おとし)めてしまう。ゼリィの魔法が〈刈る者〉と呼ばれる死霊を操るものだけに、神の祝福にも、人が背負う呪いにもなる魔法という存在が際立つ。畳み掛ける苦難とアップダウンの激しさ、死んだと思ったらどっこい的なクリフハンガーや、恋愛のこじれっぷりはTVドラマっぽくて満腹感を伴うが、よくぞここまでという展開の容赦のなさに目が離せなくなる。


■三村美衣(みむら・みい)
書評家。1962年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。共著書に『ライトノベル☆めった斬り!』が、共編著に『大人だって読みたい! 少女小説ガイド』がある。