ずいぶん前に読んだのだが、マルグリット・デュラスがある本の中で、どんな子供時代を送ったとしても、子供にとって母親というのは狂気を代表するものだと語っていたのが印象に残っている。多くの人が母について言う。「私の母親はきちがいだった」母親を散々罵倒(ばとう)する、それが楽しいのよ。

 今回のイチオシ、ヒューゴー賞3年連続受賞に輝く〈破壊された地球〉3部作の2作目、N・K・ジェミシン『オベリスクの門』(小野田和子 訳 創元SF文庫 1400円+税)は、そんな母と娘の複雑な葛藤(かっとう)が、物語の深い部分を駆動する骨太の長編小説だ。数百年ごとに「季節」と呼ばれる天変地異に襲われて文明が壊滅してきた歴史を持つ世界で、帝国の維持のために熱や運動を操る超能力を持つオロジェンと呼ばれる人々は特別な訓練を施されて使役されていたが、一般人からはその力のために災厄を呼ぶものとして憎まれ、時には虐殺の憂(う)き目にも遭(あ)ってきた。

 前作『第五の季節』では、未曾有(みぞう)の巨大な「季節」が始まった最中(さなか)に、オロジェンであることを隠して生活してきた中年女性エッスンが、秘密を知った夫に息子を殺され娘ナッスンを連れ去られたことを知りその後を追うという物語で、帝国のカースト制およびオロジェンの力を使った世界維持の方法を記述しながら、古代の遺物であるオベリスクや「石喰い」と呼ばれる不思議な存在など、その複雑で造語の多い世界を多くの謎を残したまま豊饒(ほうじょう)な語りの技法で立体的に描き出した。

 本作では、オロジェンが差別されていないコミュニティに辿(たど)り着いたエッスンのパートと、父親によって「オロジェンを治す」という南の町へ向かうナッスン(彼女は母親を理解しつつ憎んでいる)のパートが並行して語られる。オベリスクや石喰い、また「季節」を終わらせる方法など、多くの謎が明かされ、エッスンとナッスンは、それぞれ違う道筋で世界認識を更新し、新たな力の使用法を学んでいく。オロジェン同士の戦いも様々なヴァリエーションを展開し、完結編での母と娘の再会が近いことが予感されるが、果たしてそれが対決となるのか和解となるのか予断を許さない。

 両親がナイジェリア出身、自身はオハイオ生まれでアメリカとの二重国籍を持つンネディ・オコラフォーの『ビンティ 調和師の旅立ち』(月岡小穂訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ 2200円+税)も、物語の基底に母と娘(そして祖母)の複雑な感情の絡まり合いが流れる作品。希有(けう)な数学的才能を持ち、〈調和師〉であるアフリカ・ヒンバ族の少女ビンティは、家出同然で銀河系一の名門大学へ旅立つ。乗り込んだ巨大エビ型生体宇宙船が、地球の支配種族クーシュ族と敵対関係にあるクラゲ型異星種族メデュースに襲撃される、差別や偏見と格闘する大学生活から帰郷、古代の異星文明の遺構で不思議な力を得た謎の砂漠民との邂逅(かいこう)に惑星間戦争の危機、と連続するトラブルに立ち向かうビンティの活躍を描く中編集。

 経験を重ねるうちに何度もファミリーネームが変化するなど、エスニシティとアイデンティティーの葛藤、心身の不調や優れた才能を持つが故(ゆえ)の苦しみといったシリアスなテーマを核に据えた、明朗快活なエンターテインメントSFだ。メデュースの襲撃が、彼らの族長の毒針が奪われ博物館に陳列されたことに起因するというエピソードには、北大人骨事件や東京大学の研究者がアイヌの墓地を掘り返し持ち帰った遺骨の返還と謝罪を求めた訴訟などを想起せずにはいられない。


■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。

紙魚の手帖Vol.02
ほか
東京創元社
2021-12-09