怪談ではないがぞっとする、かつ、それがなんともいえない快感の短篇集が深緑野分『カミサマはそういない』(集英社 1400円+税)だ。著者のデビュー作『オーブランの少女』(創元推理文庫)は少女たちの話だったが、本作はすべて男性たちの話である。

 巻頭の「伊藤が消えた」では、同居生活を送る三人の若い男のうち、一人が姿を消す。残された二人の会話から、彼らの置かれた状況や互いに対する本音がじわじわと染み出てくる。それだけでも怖いが、結末にゾワリ。「潮風吹いて、ゴンドラ揺れる」は寂れた遊園地が舞台。ゴンドラで目覚めた少年が外に出てみると、そこにあるのは死体。ホラーな状況下で次第に、その遊園地で何が起きたかが明かされ、無垢に思えた存在も悪行に加担していたと分かる。

 掌編の「朔日晦日(ついたちつごもり)」、戦時下の見張り塔で任務にあたる兵士を描いて忠誠心の怖さを提示する「見張り塔」、ややコミカルだが恐ろしい「ストーカーVS盗撮魔」。世界設定に圧倒されるのは「饑奇譚(ききたん)」で、“底”と呼ばれるスラム街の話だ。年一回の太陽光の大放出。人々は前日のうちに腹を満たして家に籠らないと身体が消失してしまうという。だが、食堂の息子が家に帰りそびれて……。

 世界の仕組みが細部まで説明されなくても気にならないのが短篇の良さで、“底”に対する“上”の存在や、大放出という不可解な現象の不気味さが際立つ。最後の「新しい音楽、海賊ラジオ」も終末的世界の話ではあるが、軽やかさがあって、眩しい光を感じて読み終えることができる。

 柚木麻子の待望の新刊『らんたん』(小学館 1800円+税)は、著者初の評伝小説。といっても、著者らしいエンターテインメント性が加味された楽しい読み物だ。

 主人公は著者の母校、恵泉女学園の創設者である河井道。1877年生まれの彼女は、伊勢神宮の神職だった父が明治維新の政策により失職し、少女時代に家族で北海道に移り住む。ミッション系の学校に通い、札幌農学校で教えていた新渡戸稲造と出会い、やがて東京で津田梅子の家に下宿しながら学び、アメリカに留学。帰国後は教職に就きながらYWCAの活動にも関わり、自分で学校を創立したいと願うようになる。彼女の右腕となるのが、教え子だった渡辺ゆりで、結婚した後も夫婦で道と一緒に暮らし、支えていく。

 とにかく明るく一途で、生活や教育に次々と新しいことを取り入れていく道の姿がなんとも楽しい。後に名を残す人々とも多く関わり合いがあった模様で、次から次へと知っている名前が出てきて驚く。野口英世、大山捨松(すてまつ)、柳原白蓮(やなぎわらびゃくれん)、村岡花子、広岡浅子、さらには平塚らいてうや山川菊栄、神近市子らも登場。笑ってしまうのが有島武郎との交流で、有島はなぜか道をかまうのに彼女が邪険に扱うパターンが出来上がっている。

 徳冨蘆花(とくとみろか)の『不如帰(ほととぎす)』によって風評被害にあった大山捨松の名誉回復のために奮闘するなど(どこまで本当か分からないが)、いろんな史実の背景に道の影があるのも愉快。そのなかで、さまざまな女性が意見をぶつけ合いながらも、権利の獲得のために奔走し奮闘した様子もよく分かる。だが、やがて戦争に突入し――。

 繰り返されるのはシェアの精神、響いてくるのはシスターフッド。くじけそうなことが多い今の時代、たっぷり活力をもらえる一冊。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。