創元推理文庫では2021年4月から、〈日本ハードボイルド全集〉全7巻を刊行開始しました。

日本におけるハードボイルドの歴史――特にその草創期において重要な役割を果たした6人の作家をひとり1冊にまとめ、最終巻となる第7巻は1作家1編を選んだ傑作集とする――本全集は、そんなコンセプトからなる文庫内叢書です。収録される作家および作品選定を務めるのは北上次郎、日下三蔵、杉江松恋の書評家三氏。お三方のうちひとりが各巻の責任編集となり、残るふたりがそれをサポートするかたちでの、鉄壁の布陣となります。

第4回配本として1月19日に発売された第3巻『他人の城/憎悪のかたち』は北上次郎氏が責任編集を担当した河野典生の巻。同い年でデビューも同時期の大藪春彦、高城高とともに〈ハードボイルド三羽烏〉と呼ばれ、『殺意という名の家畜』で日本推理作家協会賞を受賞したのちは、『街の博物誌』などの叙情的なSFやジャズ小説の分野でも活躍した著者の、ハードボイルドにおける初期代表作を集成しました。プロット、登場人物、文章など、あらゆる方面で模索をし、日本独自のハードボイルドを生み出そうとした河野典生の足跡を実作からたどってみてください。

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【収録作品】
『他人の城』(長編)
「憎悪のかたち」
「溺死クラブ」
「殺しに行く」
「ガラスの街」
「腐ったオリーブ」

「正統ハードボイルドの象徴は〈失踪〉である」という持論をもとに、若い女性の失踪事件を真正面から描き、直木賞候補作となった長編『他人の城』はもちろんのこと、どの作品にも情景が映像としてそのまま脳裏に焼きつくような、鮮烈なシーンがいくつも登場します(ことに幕切れの鮮やかさは特筆もの)。ビジュアルの訴求力はミステリ以外の河野作品にも共通する長所ではないでしょうか。

巻末エッセイは太田忠司先生による書き下ろし「河野典生を、今こそ」。〈阿南〉シリーズでハードボイルドにも挑戦されている太田先生にとって「作家としてのひとつの指標となる作品」である長編『他人の城』の魅力の掘り下げ、河野典生作品との出会い、さらには〈ハードボイルド〉という小説形式に対する鋭い指摘など、読みごたえ抜群の文章です。ぜひ、お目通しください。

いっぽう、解説では評論家の池上冬樹氏が、作品発表時の時代背景がどのようなものであったか、作品で描かれた社会問題の数々についても触れたうえで、河野ハードボイルドの特徴を丹念に分析されています。作品理解の手引きにどうぞ。

さて次回、2022年4月の刊行を予定している第5回配本は第4巻の仁木悦子『冷えきった街/緋の記憶』。私立探偵・三影潤シリーズの中から長編『冷えきった街』と短編5編を厳選してお贈りします。どうぞお楽しみに。

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〈日本ハードボイルド全集〉全7巻◎創元推理文庫
北上次郎・日下三蔵・杉江松恋=編

収録作品=『死者だけが血を流す』「チャイナタウン・ブルース」「淋しがりやのキング」「甘い汁」「血が足りない」「夜も昼も」「浪漫渡世」
巻末エッセイ=大沢在昌/解説=北上次郎

収録作品=「野獣死すべし」『無法街の死』「狙われた女」「国道一号線」「廃銃」「乳房に拳銃」「白い夏」「殺してやる」「暗い星の下で」
巻末エッセイ=馳星周/解説=杉江松恋

収録作品=『他人の城』「憎悪のかたち」「溺死クラブ」「殺しに行く」「ガラスの街」「腐ったオリーブ」
巻末エッセイ=太田忠司/解説=池上冬樹

4 仁木悦子『冷えきった街/緋の記憶』
解説=新保博久

5 結城昌治『幻の殺意/夜が暗いように(仮)』

収録作品=『酔いどれ探偵』全編/『二日酔い広場』全編
巻末エッセイ=香納諒一/解説=日下三蔵

7 傑作集