エストニアの作家アンドルス・キヴィラフクの『蛇の言葉を話した男』(関口涼子訳 河出書房新社 3600円+税)は、キリスト教国の侵略によって、森で暮らしていた人々に農耕と宗教が与えられ、国家という仕組みに組み込まれていく時代を舞台に、最後まで森で暮らし、舌を打ち鳴らす蛇の言葉で動物を操った男の人生が描かれる。「エストニア発エピックファンタジー大作」、「トールキン、ベケット、トウェイン、宮崎駿が世界の終わりに一緒に酒を吞みながら、最後の焚き火を囲んで語ってる、そんな話さ」という帯の文言が天才的だ。


 ただし荒々しさと哄笑(こうしょう)に神話的な手触りは感じるものの、第2世界の創造的な要素はなく、帯まで神話的大法螺(おおぼら)仕様か。森は豊かで、農耕は国家のための方便にすぎない、とはいえ、実は森の民も生き物に順列をつけており、家畜化もはじめている。既に森ですら、自然や動物は共に歩む存在ではなく、従える対象として描かれている。ファンタジーとは異なる部分でだが、考えさせられるところの多い物語だった。

 フィリップ・プルマン『美しき野生 ブック・オブ・ダスト1』(大久保寛訳 上下巻 新潮文庫 850円+税・710円+税)は、いつのまにか《ダーク・マテリアルズ》シリーズになっていた《ライラの冒険》の新シリーズ。『黄金の羅針盤』から遡(さかのぼ)ること10年。宿屋の息子のマルコム少年と彼の守護精霊(ダイモン)のアスタが、修道院に預けられた赤ん坊ライラを守り、ジョーダン学寮にたどりつくまでが描かれている。真理計をめぐる陰謀劇も面白いが、マルコムがカヌー「美しき野生号」を操る姿にイギリス児童文学の本領を見る。

『星天の兄弟』(東京創元社 1900円+税)は、《天山の巫女ソニン》で人気の菅野雪虫(すがのゆきむし)によるYA小説。学者の家に生まれた仲の良い兄弟、秀才タイプの兄・海石(へそく)と、人に愛される天才タイプの弟・海蓮(へりょん)。父が第二王子に謀反(むほん)を唆(そそのか)した罪で捕まり、罪人の子どもという烙印を押されてしまい、将来を嘱望(しょくぼう)されたふたりの運命が大きく狂いはじめる……。兄弟それぞれの生き方に共感できる、スーパーナチュラルな要素のない架空歴史もの。

 キジ・ジョンスン『猫の街から世界を夢見る』(三角和代訳 創元SF文庫 880円+税)は世界幻想文学大賞受賞作。ある日、ウルタールの女子カレッジに通う女学生が、“覚醒する世界”からやってきた男と駆け落ち。若い頃は冒険者だったが、今は女子大で数学を教えるヴェリットが、教え子を連れ戻すため、魍魎(もうりょう)跋扈する異界を通り抜けて“覚醒する世界”を目指す。ラヴクラフトの初期作《ドリーム・サイクル》もの「未知なるカダスを夢に求めて」『ラヴクラフト全集6』所収)を、男女の役割も含めて反転させたような展開だ。過去の旅での選択を確認するように歩みを進めていくヴェリットの、孤独と自由が強く印象に残る。

 YAのロマンス小説かと思い手にとったホリー・ブラック『冷酷なプリンス』(久我美緒訳 二見文庫 1250円+税)が思わぬ収穫だった。妖精国で育てられた人間の少女が、妖精の王の後継争いに巻き込まれる物語。冒頭でいきなり妖精の将軍に両親が惨殺され、妖精界に行ってからは壮絶なイジメにあうも、やがて「噓が言える」という妖精にはない能力をかわれて王子のスパイになる。妖精ファンタジー、ロマンス、宮廷陰謀劇、スパイ冒険活劇と要素てんこ盛りで、先が楽しみなシリーズだ。


紙魚の手帖Vol.01
櫻田 智也
東京創元社
2021-10-12