◎INTERVIEW 期待の新人 千田理緒『五色の殺人者』


去年刊行の第30回鮎川哲也賞受賞作『五色の殺人者』は、介護施設を舞台に、五通りの目撃証言の謎を描いた本格ミステリです。
受賞した千田理緒さんにお話をお伺いしました。

――最初に、簡単な自己紹介をお願いいたします。
 千田理緒(せんだりお)と申します。数年前まで介護の仕事をしており、現在はフリーターです。

――改めまして、この度は『五色の殺人者』刊行、おめでとうございます。受賞の電話を受けたとき、どちらにいらして、なにをしていましたか?
 ありがとうございます。受賞の電話を受けたときは実家に戻ってきたばかりで、荷物の整理をしていたように思います。電話のあとは白昼夢(はくちゅうむ)を疑って、着信履歴を何度も確認しました。

――小説の執筆歴、投稿歴を教えてください。
 子供のころは「お話」を書くのが好きで、童話作家になることが将来の夢でした。大人になってからはほとんど書いておらず、真面目(まじめ)に小説を書いたのも投稿したのも、『五色の殺人者』が初めてです。

――初めての投稿作だったのですね! 鮎川哲也賞に応募されたきっかけは?
 小説を書いて投稿しようと思ったのは、完全に単なる思いつきでした。ちょうど私生活でも時間ができた時期だったので、「もし人生で小説を書いてみるのなら今だろう」と。自分で決めた締め切りがちょうど鮎川哲也賞の締め切りだったので、こちらに投稿させていただきました。しかし作品の出来に納得できず、結局その年は見送ったんです。あまり思い出したくもなかったので、しばらくはほとんど作品の存在も忘れていました。二年後にふと思い直して読んでみると、二年前に受けた印象ほどひどくはないなと感じて、応募させていただきました。

――『五色の殺人者』は、介護施設を舞台にしたミステリです。この舞台を選んだ理由は?
 自身が介護施設で働いていたので書きやすかったのと、介護ならではの色にまつわるトリックを思いついたからです。

――「介護ならではの色にまつわるトリック」については、読者の皆様には本書でご確認いただければと思います。さて、『五色の殺人者』は「犯人の服の色の目撃証言が五通り」という、シンプルだけれど本格ミステリらしい謎が魅力的です。こちらを思いついたきっかけは何でしょうか?
 たまたま実家に帰ったとき、祖母が口にした色についての一言を聞いて、「これはトリックになるかも」と思ったんです。

――また、介護の描写がリアルでしたが、仕事の大変さよりも、利用者との楽しげな交流という面に比重が置かれて描かれています。お仕事小説としても楽しめる本書は、ご自身の経験が反映されているのでしょうか?
 介護の辛(つら)い面を描いた小説はいくらでもあると思ったので、楽しい面を書こうと決めていました。私自身、利用者との交流が大好きでした。ちょっとした会話はもちろん楽しいですし、私が考えた新しいレクリエーションで、普段はあまり活躍できていなかった方が思いもよらぬ活躍を見せ、笑顔を見せてくださったときなんかは喜びもひとしおでした。

――主人公であり探偵役のメイは、新米女性介護士という設定で、介護施設に勤務経験のあるご自身と近い部分があると思います。人物像はどのようにして作られていったのでしょうか?
 最初は自分の分身にしようと思っていたのですが、私はあまり小説の主人公向きの性格ではなく……「こんな介護士がいたらいいな」という理想を詰めこみました。利用者に常に気を配り、いつも笑顔で一生懸命、そして介護の仕事に誇りを持っている。そんな彼女だから、勤め先で起きた事件の謎解きにも、懸命に取り組んだ気がします。

――証言の謎に加えて、見つからない凶器の謎も魅力的でした。着想を得たきっかけは?
 書き進めていくうち、このままでは鮎川哲也賞の規定枚数に到達しそうにないと感じたんです。今から足せる要素はないかと、なかば無理やり考えました。まず凶器を何にするか決めて、そこから凶器についてのエピソードやミスリードが組み上がっていきました。

――凶器の謎については、途中で足したとは思えないくらい、緻密(ちみつ)なロジックで解明する魅力がありました。謎解き以外にも、犯人の手がかりを探していく素人(しろうと)探偵行の過程で、登場人物たちの恋愛模様が事件に関わっていくストーリーも印象的でした。この構成は、初めから考えていたのでしょうか?
 ディック・フランシスのミステリが好きなのですが、どの本でも、ミステリ、人間関係、仕事の三要素があるんです。それをお手本にしたいと思っていました。

――なるほど。人間関係といえば、メイに協力する、朗(ほが)らかな同僚のハルや個性的な利用者の面々も、ユニークです。彼女たちの人物像はどのようにして生まれたのでしょうか? モデルはいらっしゃいますか?
 モデルは特にいません。こんな人物がいたら話を進めやすいだろう、と考えて生まれていきました。好きな登場人物はハルと、同じく同僚でお調子者の山上(やまがみ)のコンビです。この二人の会話は書きやすすぎて、あまり多く書きすぎないよう気を配ったほどでした。

――利用者とのユーモラスなやり取りも、本書の見所のひとつですね。彼らからの証言を得て、丹念な調査を重ね、ロジカルな謎解きを経た終盤にて、ある事実が明かされます。この種明かしは、初めから考えていたものでしょうか?
 プロット作成時、五色の謎だけだと物足りないため他にも何かできないかと考えていて、思いつきました。

――この種明かしも鮮やかでした。そして、エピローグではメイをはじめ、とても爽やかなシーンで終わります。執筆時からこのラストは決めていたのでしょうか?
 最初はここまで明るいラストの予定ではなかったのですが、死ぬはずだった登場人物に愛着が湧いてしまいまして……。収まりが悪いかもしれないと思いながらも、死なないラストに変更しました。

――素敵なラストだったと思います。ちなみに、「受賞の言葉」では、「応募時も、受賞時も、『本格ミステリとは』でインターネットで検索した」と書かれていました。刊行後の反響などで、自分なりに「本格ミステリとはこうだ」という手応えはありましたか?
 今でも「本格とは」がはっきりとはわからないままですが、自分なりの本格を書いていければと思っています。魅力的な謎と、読者も理詰めで解ける、この二点は心に留め置きたいと思っております。

――好きな作家と小説をそれぞれ教えてください。
 前述したディック・フランシスと、西澤保彦(にしざわやすひこ)先生が好きです。ディック・フランシスは『五色の殺人者』にも書いた『横断』『重賞』、西澤保彦先生は『七回死んだ男』を代表とする一風変わった面白いSF設定や、〈タック&タカチシリーズ〉お決まりの、テンポのいい推理合戦が特に魅力的ですよね。

――ご自身で目指す理想のミステリの形はありますか?
 既読で犯人もトリックも知っているうえで、「もう一度読みたい」と思ってもらえるようなミステリが理想です。

――読者に向けて一言お願いいたします。
 拙作(せっさく)を読んでくださったみなさま、本当にありがとうございます。もっともっと面白いものが書けるよう、精進していきたいと思っております。

――最後に、今後書きたい題材や抱負があればお聞かせください。
 まだまだ執筆経験が浅く、書きたいものも書けるものも把握できていない状態です。日常生活で触れるものすべてにアンテナを立てて、創作の感性を養っていこうと思います。次作は動物をモチーフにしたミステリを準備中です。




千田理緒(せんだ・りお)
作家。1986年埼玉県生まれ。大阪府在住。大阪薫英女学院高等学校卒。2020年『五色の殺人者』で第30回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。

【本インタビューは2021年10月発売の『紙魚の手帖』vol.01の記事を転載したものです】