■創元SF短編賞の始まり

 創元SF短編賞が今回で十二回目を迎えた。干支でいえば一回り、創設の二〇〇九年に生まれた子供は今年で十二歳の誕生日を迎えることになる。それだけの歳月が経ったわけだ。そこで本稿では、私個人の感想や記憶もまじえつつ本賞の歩みを振り返ってみたい。

 そもそもこの企画は、《年刊日本SF傑作選》(以下、傑作選)の編者の一人だった大森望が東京創元社に持ちかけたものだった。

 選考委員には傑作選の編者である大森と日下三蔵が当たり、受賞作は傑作選の巻末に収録されることになったが、ここでユニークな試みだった点がふたつあった。ひとつは、一次選考をいわゆる〝下読み〟に委託せず、応募原稿を二人で読む(手分けして読むのではなく、二人ともすべての原稿を読む)点。とにかく大森・日下の二人に直接読んでもらえるということで応募した人も少なくなかったようだ。ただしこの方法は二人の負担が大きいということで、何度か変更があり、第七回以降は編集部だけで一次選考を行っている。

 そしてもうひとつが、毎回違う作家をゲスト選考委員に招いた点。これは第一回の募集開始時には決まっておらず、後から決まったものだった。あるパーティで大森が山田正紀と会った折、「面白いことをやるんだね、ぼくもやれることがあったら何でもやるよ」と声をかけられたのがきっかけだったという。作家を加えると選考に幅が出るメリットもあり、第二回以後も堀晃、飛浩隆、円城塔など錚々たるメンバーがゲスト選考委員を務めることになる。

 さて、私としては、〇九年に賞の創設と募集開始が告知されたとき、期待はもちろんあったが、正直不安も感じたことも否めない。発表媒体は雑誌でも単行本でもなく、「これが年間のSF短編のベスト」と選者が作品を選りすぐったアンソロジーである。当然読者は受賞作に対しても収録作と同じハードルを課して読むことになる。はたして見劣りしないだけの作品が受賞するのだろうか。

 

■歴代受賞作を振り返る(第一回~第四回)

 ともあれ一〇年刊行の『量子回廊』から受賞作の掲載が始まった。記念すべき第一回の受賞作は松崎有理「あがり」。主人公は生物学専攻の大学生。生物進化の淘汰は個体に対して働くのかそれとも遺伝子に対して働くのかという議論に、前者の立場に立つ学生がひとつの実験を試みる物語で、研究室のディテール描写が衝撃的なクライマックスにリアリティを与えている。同時に、富山在住の少女三姉妹が不思議な生物を拾う「うどん キツネつきの」で佳作を受賞したのが高山羽根子、四肢を失った女性が囲碁を通じて未知の感覚へ到達する「盤上の夜」で山田正紀賞を受賞したのが宮内悠介だった。

 二〇一一年十二月十日に開催されたファン主催の月例イベント〈SFファン交流会〉では、新人作家パネルに松崎有理・高山羽根子・宮内悠介が出演(このほかに出演したのは日本ファンタジーノベル大賞出身の勝山海百合)。参加者約三十名ほどの集まりだったが、実はこのとき司会役を務めたのが私だった。

 その後、松崎は『代書屋ミクラ』(光文社文庫)などユニークな理系小説の書き手として活躍。高山は芥川賞を、また宮内は日本SF大賞・星雲賞・三島由紀夫賞などを受賞。創元SF短編賞は図らずも第一回から大きな才能をまとめて世に送り出す結果となったわけで、いまこうして賞の歴史を振り返る原稿を書いていると、あの時ささやかながらSF史の一端を目の当たりにしていたのだという思いがする。

この催しがあった時点では、すでに第二回の選考結果が発表されていて、酉島伝法「皆勤の徒」が、その異形の世界観と文体でシーンに大きな衝撃を与えていた。酉島も本作を表題作とする最初の著書で日本SF大賞を受賞、第一長編『宿借りの星』で再度受賞する。佳作は空木春宵「繭の見る夢」。「虫愛ずる姫君」を元にした平安朝ファンタジーと思いきや、途中から言語と現実をめぐるSFに変貌する。空木は今年第一短編集『感応グラン=ギニョル』を刊行。身体と痛みをテーマとした先鋭的なSFである。

 第三回は理山貞二「〈すべての夢|果てる地で〉」。日本から始まったスパイ・アクションは、アメリカ、ヨーロッパと世界を巡るうち量子力学から人間の想像力の本質に迫る最先端のハードSFとなる。優秀賞(この回から佳作より名称変更)はオキシタケヒコ「プロメテウスの晩餐」。アフリカで出会った日本人バックパッカーとスペイン人の人類学者が、料理を通じて対話するうち、人類の始原にまつわる神話的ヴィジョンが浮かび上がる。オキシはその後長大な『筺底のエルピス』(小学館ガガガ文庫、現在七巻)を発表している。

 第四回は宮西建礼「銀河風帆走」。宇宙規模の自然災害を前に人類が打ち上げたAI搭載の宇宙船の話である。宮西はその後しばらく沈黙するが、六年後の二〇一九年に受賞第一作「もしもぼくらが生まれていたら」を発表する。

 私は「もしも……」を一読するなり背中を突然叩かれたような驚きを味わった。ネタバレになるので詳しくは書けないが、〝過去には多数書かれたが、現在ではほとんど顧みられなくなったSFのサブジャンル〟を思いもよらぬ方向から再生した作品だったからだ。読者は本編を読了後はじめてタイトルの意味を知り感銘を受けるだろう。宮西は二〇年刊行のGenesis されど星は流れる』の表題作でもコロナウイルス禍と正面から取り組み、感動的な物語を紡いでいる。寡作ながら現在、もっともアクチュアルな問題意識を持ったSF作家といえる。

 

歴代受賞作を振り返る(第五回~第八回)

 第五回は二作同時受賞という現時点では唯一の結果となった。高島雄哉「ランドスケープと夏の定理」は、数学者の青年が、天才だがマッドの気もある姉の物理学者に振り回されながら、知性と宇宙の根本的な姿を探る。門田充宏「風牙」は、他人の記憶データを読み取ることを職業とする能力者が主人公のお仕事もの。

 この回の受賞作はどちらも後に同一の設定・登場人物を保つ連作短編集として刊行された。高島作は多元宇宙論をベースとする壮大なハードSFとして完結。一方、門田作は《記憶翻訳者》としてシリーズ化されている。

 私個人の好みでは、歴代受賞作の中では、《記憶翻訳者》シリーズがいちばん好きだ。キャラクターの魅力、人間の生に対する深い洞察、そして読者の心を揺さぶる展開など、ふだんSFを手にとらない人たちにも広く読まれていい作品である。

 第六回は宮澤伊織「神々の歩法」。宮澤は受賞時点ですでにライトノベルの分野で活動しており、プロ作家が受賞する初のケースとなった。地球外から飛来した複数の知性体が地球人に憑依、彼らの戦いをアメリカ軍の戦争サイボーグの視点から描く。宮澤はその後《裏世界ピクニック》(ハヤカワ文庫JA)シリーズが大ヒット。受賞作の続編も《Genesis》で書き継がれており今後が期待される。

 第七回は石川宗生「吉田同名」。平凡なサラリーマンが、ある日謎の理由により突如二万人に増殖。その事件がもたらす騒動をドキュメンタリータッチで追う。受賞作のほとんどが狭義のSFである中で異色の奇想系作品である。同作を収録した第一短編集『半分世界』が日本SF大賞の候補になったほか、二冊目の単行本『ホテル・アルカディア』(集英社)がBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。スリップストリーム系の書き手としてジャンルを超えた評価を受けている。

 第八回は久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」。ワープ航法の間隙を突いて宇宙船を襲う海賊と、宇宙船に備え付けられた人工知性(マ・フ)との戦いを描く。この作品も《マ・フ クロニクル》として続編が書かれ、先日単行本化されたことは記憶に新しい。

 

■歴代受賞作を振り返る(第九回~)

 第九回は八島游舷「天駆せよ法勝寺」。佛教と科学が融合した世界で、大佛が開帳される三十九光年彼方の星を目指し、寺型宇宙船が発進する。奇想天外な世界観に加え、「佛理学」「推進読経」などのパワーワードがSNSでバズり、電子版は一万DLを超える空前の売れ行きを記録したという。六回ぶりに出た優秀賞は南雲マサキ「機械はなぜ祈るか」。大学の工学部を舞台に、知能を持った全自動掃除機と学生との軽妙なドタバタ劇。

 なお一九年には、書き下ろしアンソロジー『宙を数える』『時を歩く』が刊行されている。執筆者は第一回の松崎から第九回の八島まで、一八年時点で作品を発表していた創元SF短編賞出身者(佳作/優秀賞受賞者含む)全員十三名。先述の「もしもぼくらが生まれていたら」も『宙を数える』に発表されたものである。

 第十回はアマサワトキオ(現在の筆名は天沢時生)「サンギータ」。バイオテクノロジーによる身体改造が普及した近未来のネパールで、クマリと呼ばれる生き神の少女と、彼女の護衛に選ばれた男の運命が語られる。天沢はその後、野生のコンビニが怪獣さながらに暴れ回る「赤羽二十四時」(河出文庫『NOVA 2019年秋号』)など頭のネジが外れたかのような(誉め言葉)ブッ飛んだ短編を次々と発表している。優秀賞は斧田小夜「飲鴆止渇」。近未来のアジアを思わせる架空の国家で起こった災厄が、二人の兵士の運命を狂わせてゆく。斧田もまた『NOVA 2021年夏号』に「おまえの知らなかった頃」を発表している。

 昨年発表の第十一回から最終選考の方法がリニューアルされた。傑作選の終刊に伴い、掲載媒体が傑作選から書き下ろしアンソロジーの《Genesis》に変更。また選考委員も大森・日下に代わり、ベテラン作家と中堅作家の組み合わせ(任期二年で一年ごとに交代)に、編集部の小浜徹也を加えた三名となる。また最終選考に残った作品に対しては、その時点で編集部から作者に問題点を指摘して改稿を依頼し、改稿後の作品を対象に選考を行うシステムを採用した。リニューアル後はじめての受賞作は折輝真透「蒼の上海」。有害な植物に地表が覆われ人類は海底に避難した未来で、あるミッションを課せられた人工生命の物語である。折輝はこれまでにもジャンプホラー小説大賞、アガサ・クリスティー賞を受賞しており、宮澤以来二回目のプロの受賞者となった。

 本書掲載の第十二回受賞作は松樹凛「夜の果て、凪の世界」(「射手座の香る夏」に改題)。人間の意識を機械に転送する技術を違法に応用し、動物と一体化する人々と、凪狼(カーム・ウルフ)と呼ばれる伝説の獣の物語。優秀賞は溝渕久美子「神の豚」。感染症のため家畜の飼育が禁じられた近未来の台湾で、一人の男が何の前触れもなく豚になってしまったという。

 

■創元SF短編賞の未来

 こうして歴代の受賞作を振り返ってみると、先に述べた私の不安はまったくの杞憂に終わったことになる。

 いま、どの作品を再読しても清新さは失われておらず、未知の新しい才能が現れたのだという初読時のワクワクした気持ちが蘇ってくる。プロの作家の良質な作品と比べても遜色がないどころか「盤上の夜」「皆勤の徒」のように、受賞作を巻頭に置いた作品集が日本SF大賞を受賞してしまった例がふたつもある。

 創元SF短編賞の応募規定には「意気込みに溢れた新時代のSF短編の書き手の出現を熱望します」という一文がある。私は、SFがSF自体の約束事やジャンル内部の評価だけに自己充足してしまってはつまらないと考える者である。応募規定にある「広義のSF」もそうした殻を打ち破る作品を目指していると解されるべきだろう。

 私は冒頭で、本賞創設の年に生まれた子供が今年で十二歳になると書いた。もうそろそろ大人向けの小説に手を出し始めてもおかしくない年齢である。

 もしそんな子供が本賞の受賞作からSFの世界に入っていったら、と思い描いてみる。「あがり」の理系、「皆勤の徒」の異形、「〈すべての夢|果てる地で〉」の想像、「銀河風帆走」の宇宙、「ランドスケープと夏の定理」の論理、「風牙」の情感、「神々の歩法」の戦争、「吉田同名」の奇想、「七十四秒の旋律と孤独」の航跡、「天駆せよ法勝寺」の佛教、「サンギータ」の混沌、「蒼の上海」の滄海……その子は目の前に広がる〝豊穣〟に目を瞠り、夢中になるだろう。そしてその豊穣こそ、これまで創元SF短編賞が切り拓いてきた過去なのであり、また新たな読者と手を携えて進む「新時代」でもあるのだ。


(文中敬称略、単行本の版元表記は特に注記がない限り東京創元社刊。『Genesis 時間飼ってみた』より再掲載)



 

■鈴木力(すずき・ちから)

一九七一年生まれ。東洋大学SF研究会OB。ライター。SF関係の書籍・雑誌で、解説・書評などを執筆する。