テーマはまったく異なるが、吉川トリコ『余命一年、男をかう』(講談社 1500円+税)も、今の自分自身と照らし合わせてグサグサ刺さってくる長篇だった。

 趣味は節約とキルト作り、結婚願望もなく友達もない40歳の独身女性、唯。子宮がんが見つかり医者に無理矢理聞きだした余命はなんと、1年。ショックを受けると同時に、もう老後のためにお金を貯めなくていい、と安心する姿が非常にリアル。そんな折に偶然、金策に追われるピンクの髪をしたホスト、瀬名と出会い、唯は勢いでこれまで貯めてきた金を彼に渡すのだった。

 日々の買い物はもちろん、サブスクにいたるまで工夫して節約する唯の姿が気持ちいいくらいで、「人生楽しまないといけない」といった押しつけがましい価値観に反発している姿も大いに共感。だが、生真面目な彼女とチャラいが善良な瀬名とのコンビネーションも愉快で、二人にうまくいってほしくなるのも事実。しかしかといって、二人が結局大恋愛して「生きたい」「死なないで」のメロドラマになるのは嫌だなあ……と思っていたら、とても納得のいく結末が待っていた。

 互いと接するうちに、二人が自分の中の偏見や頑なさに気づいていく姿も好感度大。今の時代の流れのなかでアップデートしておきたいものの考え方も、さりげなく盛り込まれて刺激的だ。人生観は揺れ続けるものであり、どう生きたいか、その時々で自分に素直になることは大切だと思った。

 渡辺優『アヤとあや』(小学館 1600円+税)も、価値観について実感させられる部分の多い作品だ。画家の父親が描いた、自分をモデルにした絵が高く評価されたことから、自分を特別な少女だと信じて生きてきた亜耶(あや)。でも11歳の誕生日を迎える頃、その自信は少しずつ揺らぎ始める。彼女の場合、弟が生まれて自分が家庭内の唯一の子供ではなくなったことも大きく影響しているようだ。

 学校では特に目立つタイプでもなく、父にならって絵を描こうとするが特別上手くもない。それでも、スクールカーストなどまったく気にせず誇り高く振る舞う姿は、ここまでマイペースに生きられたら楽だろうなと思わずにいられない。だが、特別であり続けるために、彼女はある日突飛な行動に出る。

 自分を特別だと思いたい気持ちは、多かれ少なかれ誰の心の中にもある。そのため、人は自分の中に他人とは異なるポジティブな要素を求めがちだ。亜耶もまさにそう。だが、学校での出来事や新たな出会いを通して、彼女は少しずつ〝等身大〟の自分と向き合っていく。

 何か突出した特徴がなくても誰もが特別な存在なのだ――と、基本的人権に繫がるような思いを抱かせる。大人にも薦めたい一作。

 新人の作品では波木銅(なみきどう)の『万事快調(オール・グリーンズ)』(文藝春秋 1400円+税)が面白かった! 松本清張賞を受賞した、現役大学生のデビュー作である。

 田舎の工業高校。クラス内で女子は三人だけだ。読書家で学校外の仲間とのフリースタイルのラップに夢中の朴秀実(ぼくひでみ)、漫画好きのオタクで毒舌家の岩隈真子、映画好きで陸上部に所属する矢口美流紅(やぐちみるく)。愛想のよい美流紅は不満を抱きつつも男子生徒と仲良くしているが、他の二人はマチズモあふれる教室の空気に馴染めない。将来について何の希望も持てない彼女たちだったが、ひょんなことから秀実が大麻の種を大量に入手、三人は園芸同好会を作って学校でこっそり育て、金を手に入れようと目論む。そう、これは軽快な青春小説であり、犯罪小説でもあるのだ。

 それぞれの得意分野の本や漫画、映画の作品名がポンポン飛び出す会話が非常に楽しい。大麻の栽培はもちろん許されることではないが、現状打破のための少女たちの逆襲には切実なものが感じられ、また、決して犯罪を全肯定するわけではない展開にも納得した。若い世代の現代社会の構造への批判的な目線が頼もしく、この著者の作品は今後も必ず追いかけたい。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。

紙魚の手帖Vol.01
櫻田 智也
東京創元社
2021-10-12