これまでも辺境の地で生きる人々を描いてきた川越宗一(かわごえそういち)の新作『海神の子』(文藝春秋 1600円+税)は、東シナ海の海賊たちの物語だ。主人公の一人のモデルは鄭成功(ていせいこう)。近松門左衛門(ちかまつもんざえもん)の「国性爺合戦(こくせんやかっせん)」でも有名な台湾鄭家の祖だが、あの浄瑠璃(じょうるり)が史実とまったく異なるように本作もまた、著者の創作がたっぷり盛り込まれたエンターテインメント。なんといっても、鄭成功の母親が海賊だったという設定が痛快だ。

 江戸時代、鎖国政策がとられるなかで国際貿易港だった平戸(ひらど)。両親のいない少女、松は親戚の商家でこきつかわれていたが、ある日一家は海賊に襲われる。抵抗して大暴れした松は海賊のリーダーに気に入られ、彼らと一緒に海へ。その後、彼女が産んだ二人の子は平戸の知人の家に預けられるが、長男の福松こそが、のちに鄭成功となる少年だ。やがて海賊の長となった松は福松を迎え、彼はさまざまな出自を持つ海の男たちと暮らすなか、自分たちの居場所を求め、勢いを増す清国(しんこく)に抵抗するようになっていく。

 実在の人物も多数登場するが、みな一癖も二癖もある人間として描かれ、個々の思惑が絡み合う様子がスリリング。息子とドライな関係を保つ松や、自力で人生を切り拓こうとする福松の妻、友の姿も人間味を感じる。当時の暮らしや街並み、海上での合戦など、どれも映像が目に浮かぶほど丁寧(ていねい)に描写され、魅了する。史実がベースなだけに結末は見えているが、面白さが削(そ)がれるわけではない。大満足。

 事実をベースにしているといえば、岩井圭也の『水よ踊れ』(新潮社 2200円+税)は、現代香港(ホンコン)を舞台にした超・超・意欲作。少年時代に親の仕事の都合で香港で暮らした経験のある瀬戸は、1996年、建築を学ぶ交換留学生としてこの地に戻ってくる。そう、中国返還の前年である。彼の密(ひそ)かな目的は、かつて恋した少女、梨欣(レイヤン)の高層マンションからの墜落死の真相を探ること。マンションといっても、その建物の屋上は低所得層が暮らすバラックが並び、ルーフトップ・スラムと呼ばれているような場所だ。そこを再訪した瀬戸はボートピープルとしてこの地に来たベトナム人少女のトゥイと出会い、聡明な彼女に梨欣の事故についての調査に協力してもらうこととなる。

 実にさまざまな立場が描かれる。梨欣やトゥイだけでなく、瀬戸の大学の仲間の出自もそれぞれ複雑だ。また、中国返還に対する意識も人により異なり、歓迎する裕福層もいれば、危機意識を持って抗議する学生もいる。その後香港がどうなったか知っている読者にしてみれば、大ごとととらえない人々については楽観すぎると感じてしまうが、それはブーメランとなって返ってくる。自分も今、世の中の将来を見据えてちゃんと考えているだろうか? と思わされるのだ。

 最終章では少し未来の姿が描かれる。人々のしぶとさと、かすかな希望に救われる。骨太で、力強い青春小説だ。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。