まず翻訳から。エラリイ・クイーン『フォックス家の殺人〔新訳版〕』(越前敏弥訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1260円+税)は、クイーンのライツヴィルものと括(くく)られる長篇群の第2作です。

 第二次大戦への従軍から故郷のライツヴィルに帰還したデイヴィー・フォックスは、「空飛ぶきつね」の通り名つきで英雄としてむかえられました。しかしPTSDのため精神的に不安定となり、ある晩に妻リンダを絞め殺そうとしてしまいます。それはデイヴィーの、父親が母親を毒殺した罪で収監されているという経験にも因(よ)るのではないか――そう考えたデイヴィーとリンダは、作家エラリイ・クイーンに過去の事件について相談することにしました。

 シリーズ前作『災厄の町』は、主に大都市での事件に対峙(たいじ)してきたエラリイを、旅先の田舎(いなか)町での事件に関わらせたものです。続篇となる本作は、同じ田舎町に呼ばれて過去の事件の再捜査をおこなう、よりクリスティー調ともとれる新たな作風を模索するものになっています。ただエラリイが探偵役としてその場を主導すること自体は変わらず、どのような手順で再捜査を始めるかというのがそのまま見どころでもあるでしょう。

 これが手がかりを合理的に散りばめることができるクイーンらしい巧(うま)い手筋になっています。この作風への転換も十分ありえたのかもしれませんが、ライツヴィルものが次の『十日間の不思議』でまた新たな局面を迎えていくことを現代の読者は既に知っています。こちらも新訳版が刊行されるそうなので、併せて読まれることをおすすめします。

〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉企画から、フレドリック・ブラウン『真っ白な嘘』(越前敏弥訳 創元推理文庫 1000円+税)は、ブラウンによるミステリの第1短篇集の新訳です。

 ブラウンがミステリの短篇を発表するようになってから十余年を経て初めて編まれた短篇集ということもあって、傑作(けっさく)が凝縮されています。巻頭の有名な雪の足跡もの「笑う肉屋」や、掉尾(とうび)を飾る〈必ず最後に読んでほしい〉問題作「後ろを見るな」といったあたりは、初めて読まれるという場合でも、核になるアイデアを知っている方のほうが大半ではないでしょうか。集中いずれをとっても傑作ですが、個人的には「背後から声が」「出口はこちら」のような、平易なアイデアを優れた短篇に仕上げてしまう巧さに注目してほしいと思います。第2短篇集『復讐の女神』も続けて新訳の予定ということで楽しみですね。

 ブラウンのミステリ短篇は、本国アメリカでは80年代以降に数多くの単行本にまとめられたのですが、日本での紹介は既に滞(とどこお)ってしまった時期でもあって未訳が多く残っています。本誌でも保険外交員ヘンリー・スミスものが掲載されたことがありましたが、今回の新訳が新たな紹介につながってほしいところです。

〈論創海外ミステリ〉からはドロシー・L・セイヤーズ『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』(井伊順彦編訳 論創社 2800円+税)は、セイヤーズのピーター・ウィムジイ卿に次ぐシリーズ探偵モンタギュー・エッグものを軸に、訳者独自編纂(へんさん)の13篇をおさめた短篇集です。ピーター卿ものからは「アリババの呪文」が60年ぶりに新訳収録されています。

 酒造会社のセールスマンであるエッグ氏は、営業先で殺人事件を含む数々の事件に巻き込まれます。セールス上の箴言(しんげん)がまとめられた虎の巻「販売員必携」から、解決のヒントとなる言葉を引用して謎を解くのが定番の流れです。安宿で過ごした一晩の怪事件をえがく「ただ同然で」などたいへん軽妙で面白くて、またこういう貴族ピーター卿が関われない層の事件を扱えるのがエッグ氏ものの特長でもあるでしょう。