創元推理文庫ではこの4月から、〈日本ハードボイルド全集〉全7巻を刊行開始しました。

日本におけるハードボイルドの歴史――特にその草創期において重要な役割を果たした六人の作家をひとり1冊にまとめ、最終巻となる第7巻は1作家1編を選んだ傑作集とする――本全集は、そんなコンセプトからなる叢書です。収録される作家および作品選定を務めるのは北上次郎、日下三蔵、杉江松恋の書評家三氏。お三方のうちひとりが各巻の責任編集となり、残るふたりがそれをサポートするかたちでの、鉄壁の布陣となります。

第3回配本として10月19日に発売された第2巻『野獣死すべし/無法街の死』の責任編集は杉江松恋氏。大学在学中に伝説的なデビューを果たし、そのまま圧倒的なバイオレンスとアクション描写を武器に流行作家となった大藪春彦の初期傑作を集成します。巻頭には大藪、そして稀代のアンチヒーロー・伊達邦彦のデビュー作となる中編「野獣死すべし」を配置し、それに長編『無法街の死』と私立探偵もの、悪徳警官もの、凶銃ものなど8つの短編を加え、唯一無二の《大藪ワールド》を概観できる一冊となりました。

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「野獣死すべし」
『無法街の死』
「狙われた女」
「国道一号線」
「廃銃」
「黒革の手帖」
「乳房に拳銃」
「白い夏」
「殺してやる」
「暗い星の下に」

杉江松恋氏の巻末解説はたいへんな力作で、これさえ読めば大藪春彦という作家について、ひととおりの知識は得られる充実の内容です。その解説でも、「デビュー作には作家のすべてが詰まっているという表現がある。厖大な作品群を産みだした執筆への情熱、原動力となったものは間違いなく「野獣死すべし」の中にある」と評されたデビュー中編「野獣死すべし」ですが、改めて読んで気づいたトリビアがひとつ。

主人公・伊達邦彦は(ふつうの大学生を装うためと紹介状目当ての)アルバイトとして、英文学教授の下請けで小説の翻訳をおこないます。その作品というのが『郵便配達は二度ベルを鳴らす』で知られるアメリカの作家ジェイムズ・M・ケインの『ミルドレッド・ピアース』Mildred Pierce(1941)。下訳を終えて教授に渡した、原稿用紙にして1000枚超えのこの小説が、その後どうなったかは不明ですが、現実ではずっと訳されずにいました。それがなんと、今年2021年になって『ミルドレッド・ピアース 未必の故意』として幻戯書房から本邦初の翻訳が出たのです。ひょっとしたら日本最初の翻訳者が伊達邦彦だったかもしれない作品が、〈日本ハードボイルド全集〉と同じ年に刊行される。ちょっとした偶然を感じました。ちなみにケインの次の仕事として請け負うのがデイモン・ラニアン(作中ではデモン・ラニヨン)の短編集。……伊達邦彦、めぐり合わせしだいでミステリ翻訳家として大成した可能性もありますね。

今回も巻末には解説のほか、作家の書き下ろしエッセイを収録しました。本巻のエッセイは馳星周先生の「三度(みたび)の邂逅(かいこう)」。読者として、編集者として、そして作家としての、大藪作品との「三度の出会い」を語る、静かで熱い文章をぜひ味わってください。

そして明けて2022年1月の刊行を予定している第4回配本となるのは第3巻の河野典生『他人の城/憎悪のかたち』。直木賞候補にもなった長編『他人の城』と短編5編を収録した、河野ハードボイルドのエッセンスを凝縮した一冊となります。どうぞお楽しみに。

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〈日本ハードボイルド全集〉全7巻◎創元推理文庫
北上次郎・日下三蔵・杉江松恋=編

収録作品=『死者だけが血を流す』「チャイナタウン・ブルース」「淋しがりやのキング」「甘い汁」「血が足りない」「夜も昼も」「浪漫渡世」
巻末エッセイ=大沢在昌/解説=北上次郎

収録作品=「野獣死すべし」『無法街の死』「狙われた女」「国道一号線」「廃銃」「乳房に拳銃」「白い夏」「殺してやる」「暗い星の下で」
巻末エッセイ=馳星周/解説=杉江松恋

3 河野典生『他人の城/憎悪のかたち』
収録作品=『他人の城』「憎悪のかたち」「溺死クラブ」「殺しに行く」「ガラスの街」「腐ったオリーブ」

4 仁木悦子『冷えきった街/緋の記憶』

5 結城昌治『幻の殺意/夜が暗いように(仮)』

収録作品=『酔いどれ探偵』全編/『二日酔い広場』全編
巻末エッセイ=香納諒一/解説=日下三蔵

7 傑作集