本書の原型となる小説を書いたのは、大学生の頃でした。手元の記録媒体に眠るword ファイルのタイムスタンプを覗いてみると、二〇〇一年九月になっていますが、実際にはそれよりもっと前に原型ができていたと思います。作中の時代が一九九八年なので、おそらくそれが執筆時のリアルタイムだったのではないかと推測できます。
 そもそも当時はPCではなく、ワードプロセッサーなる文書作成専用機を使っていました。作中にも『ワープロ』という単語が出てきて、なんとも懐かしい気持ちになりました。当時、近所の家電量販店の閉店セールで、展示品のワープロが投げ売りされていたので、なけなしのお金でそれを買って小説を書き始めたのがすべての始まりです。そうして孤独な時間をただひたすら空想することに費やしたのですが、驚くことにあれから二十年が過ぎた今でも同じことしかしていません。
 その頃に書いていた小説は、投稿サイトなどで発表していましたが、もちろん人気になったことなど一度もなく、ほとんど見向きもされませんでした。謙遜ではなく、本当に閲覧数は少なかったです。自己満足だけで投稿を続けていましたが、それをたまたまご覧になった、ある編集者さんからお話をいただき、本書のオリジナル版が二〇〇二年に出版されました。その時点で僕はすでに作家として他社からデビューしていたのですが、そのへんの話はここでは割愛します。
 本書のオリジナル版は現在では手に入りにくくなっていて、「なんとかならないか」という声を何年も前からいただいていましたが、今回いろいろなタイミングが合ったことで、晴れて復刊という運びになりました。
 二十年近い時を経て再び出版するにあたり、選択肢は二つありました。そのまま出すか、リメイクして出すか。結論からいうと、ほぼオリジナルのまま、リメイクしていません。今の僕には書けない、当時の僕にしか書けなかったものを損ないたくないから、というのが理由ですが、はたしてそんなものがあるのかどうか……あやしいところではあります。
 ということで基本的には『そのまま』温存することを前提に、あらためて過去の自分の小説と向き合ってみましたが、文章に関しては『そのまま』にしておくわけにはいかない箇所が沢山ありました。そのため最低限の修正を施しています。
 なお内容については、今の作風とそんなに変わってないな、という印象です。無茶なトリックは相変わらずだし、キャラクターに関しても他の自作に出てくる登場人物と似ているところがあったりなかったり。トリックに関してはむしろ、細かい部分で「ああ、それはそう使うのか」と感心するところもありました。
 自虐的にいえば『成長していない』のかもしれませんが、良くいえば二十年経っても『当時のままの自分』でいられたということでもあり、別に恥ずべきことではないのではないかと思います。少なくともミステリに対する考え方や、自分が面白いと思うものは、何も変わっていないようです。初心忘るべからずといいますし、いつまでもこのままでいられたら本望です。
 もう一つ、本書を客観的に振り返って、あらためて気づいたことがあります。それは探偵役であるディというキャラクターの潔さ。名前はただのアルファベットであり、正真正銘、探偵役であるということ以外、なんらアイデンティティーを持たない異様な人物です。絵に描いたようなご都合キャラですが、ミステリにとっては必要不可欠な存在ともいえます。おそらく今の自分なら、何かもっとキャラづけしなきゃと思って、全然違ったキャラクターになっていたでしょう。ある意味、貴重な遺産です。
 今回、初めて本書を読むという方にとっては、ところどころ拙さや古臭さを感じる方もいらっしゃるかと思いますが、以上のような経緯があったことをご理解ください。
 古典と呼ぶにはまだまだ時間も、風格も、味わいさえも足りていませんが、レトロに片足を突っ込んでる程度の時代を経たのではないでしょうか。ということで、レトロゲームに挑むような好奇心と冒険心で、本書を楽しんでいただければ幸いです。