2017年に「アクロス・ザ・ユニバース」で「女による女のためのR-18文学賞」の大賞と読者賞を受賞、同作を収録した『いまは、空しか見えない』で単行本デビューをした白尾悠(はるか)。待望の新作『サード・キッチン』(河出書房新社 1800円+税)は、自身がアメリカに留学した体験をベースにしたフィクションだ。

 1998年、母親と二人で暮らす加藤尚美は高校卒業後、経済的事情のために留学を断念。だが、母の伝手(つて)で会ったこともない老婦人から資金援助してもらえることとなり、アメリカのリベラルアーツ・カレッジに進学。最初は語学も追いつかず、寮のルームメイトともノリが合わずに苦労する。

 そんな折に知ったのが〈サード・キッチン〉だ。この大学には学生たちが運営する食堂がいくつもあり、〈サード・キッチン〉は人種や文化、セクシャリティや経済事情などでマイノリティに属する学生たちが集まっている。審査をパスした尚美は食堂に加入。そうして授業や食堂で異なる立場の学生たちに接するうちに、尚美はさまざまな差別とそれに対する考え方を知ると同時に、自分の不勉強や無神経な発言、偏見にも気づいていく。

 異文化に入った傍観者的な立場ではなく、自身のこととして真摯(しんし)に向き合っていく様子に、こちらも素直に感情移入できる。今考えておきたい要素が詰まっていると同時に、本物のアート作品を学生に貸し出すシステムや仮装パーティなどのイベントも盛り込まれ、ユニークな学生生活が楽しそう。

 星野智幸『だまされ屋さん』(中央公論新社 1800円+税)も、今考えたいテーマが盛り込まれた作品。こちらは、家族についての物語だ。

 すでに夫を亡くし一人で暮らす秋代のもとに、未彩人(みさと)と名乗る見知らぬ青年が訪ねてくる。娘の巴(ともえ)と家族になりたいので挨拶(あいさつ)にきたという彼だが、巴と秋代は断絶中のため、すぐ確かめることもできない。たびたび訪問してくる彼のことを警戒しながらも、気づけば話ははずんでいて……。

 巴はアメリカで出産したもののプエルトリコ出身の恋人と別れ、今は娘と二人家族。だが現在、同じマンションに暮らす女性、夕海(ゆうみ)が居候(いそうろう)状態だ。ある時、そこに兄の妻の梨花、弟の妻の月美が同時に訪ねてきて、夕海を交え女四人で話が盛り上がる。そこで明かされるのは家族に対する本音。次第に、秋代と子どもたちがなぜ断絶しているのか、その理由も見えてくる。

 世代による家族観の違い、立場による見え方の違い。同じ家族であっても違う人間同士、やはり軋轢(あつれき)はある。でも家族のことだからこそ、他人にも愚痴(ぐち)をいえなくて一人で抱え込むことは多い。ようやく明かされる本音にうなずくことが多く、個人的に新たな気づきもあった。やがて女性たちは、男たちの本音も聞こうと言い出す。

 家族の硬直状態に風穴を開けたのは、彼女たちに語るよう促した夕海の存在だ。未彩人や夕海のバックグラウンドがかなりユニークで、かつ痛快。家族という集団にこだわりすぎて窮屈な思いをしているなら、こんなふうに吹っ切れてもいいかもしれない、と本気で思った。