高木彬光生誕100周年記念と銘打たれた復刊が論創社から、続けて出ています。ジョン・ディクスン・カー、ジェームズ・バーナード・ハリス『帽子蒐集狂事件 高木彬光翻訳セレクション』(論創海外ミステリ 3800円+税)は《宝石》での訳業をまとめたもの。今回の復刊にあたっては、初出誌の誤植の校訂を高木研究の第一人者浜田知明が手がけています。さらに創作のほうでは高木彬光『黒魔王』(論創社 3000円+税)が初刊単行本以来60年ぶりに復刊されています。


 人探しの依頼を受けて調査に訪れた京都からの帰路、私立探偵の大前田英策は変死体を発見します。被害者は「黒魔王」とメモ書きされた名刺を握り締めていました。大前田が受けた依頼は、次第にこの「黒魔王」の犯罪計画と関わって……。

 高木の現代を舞台としたミステリでは珍しく、一度も文庫化されずにいた作品です。原形の雑誌連載版は同社の『高木彬光探偵小説選』で紹介済みで、読み比べると大幅な改稿と加筆がわかります。最も大きな違いはこの版が大前田の一人称の小説だということで、通俗的な作品をえがくうえでの高木の新たな取り組みだったと想像できます。しかし一人称の小説がこの版のみで、かつその後に再刊されていないところをみるとあまり満足のいく内容ではなかったのかもしれません。作品は通俗ものとしては十全の出来で、徹底したお約束の展開をひたすら楽しむべきでしょう。本作で関係を深める同業の探偵・川島竜子を危地から救うくだりなどは、胸が高鳴ってしまいます。

 都筑道夫『吸血鬼飼育法 完全版』(日下三蔵編 ちくま文庫 900円+税)は、私立探偵片岡直次郎が活躍する連作短篇集。片岡直次郎は後に物部太郎を探偵とする長篇パズラー三作でワトソン役として活躍しますが、この連作は初期作品に多くみられるコメディ・タッチの軽快なアクションで、数々の窮地(きゅうち)をその場の機転で切り抜ける面白さは抜群です。〈完全版〉と銘打たれているとおり、元版に片岡登場作の中篇「俺は切り札」と、連作の原型となるノンシリーズ短篇から二篇が増補収録された嬉しい構成になっています。

〈異色短篇傑作シリーズ〉からは戸川昌子『くらげ色の蜜月』(日下三蔵編 竹書房文庫 1300円+税)が出ています。中期の短篇集『悪魔のような女』『聖女』を軸に企画タイトルどおりの異色短篇が目白押しで、何をどうすれば「聖女」「蟻の声」のような物語が生まれるというのでしょうか? この時期の戸川の作品群は、とにかく発端・展開・結末のいずれにおいても発想の源泉が理解不能で、読んでいて目眩がします。「蜘蛛の糸」のようにミステリらしい結末に至る話も収められていますが、もはやこの内容では戸川作品としては物足りなくなってしまうでしょう。

 城昌幸『菖蒲狂い 若さま侍捕物手帖ミステリ傑作選』(末國善己編 創元推理文庫 1400円+税)は〈時代小説のヒーロー×本格ミステリ〉シリーズの待望の一冊です。既刊の銭形平次らと比べるとミステリ味のあることを知られていない印象で、ぜひ広く読まれてほしいものです。トリックありプロットの面白さあり、若さまの推理に伏線描写がしっかりありと、見所の多い作品揃いです。

 収録作の中では、人形が殺人事件の未来予知をする「あやふや人形」、天狗が祟(たた)ると告げられた長屋の住人が次々に射殺される「天狗矢ごろし」、狐に化かされて許嫁(いいなづけ)を斬り殺してしまったと若侍が苦悩する「女狐ごろし」あたりの怪談の風合いを伴った作品に、幻想小説の書き手としての城昌幸の特性が出ていてとても出来が良いと思います。〈若さま侍〉シリーズは、捕物出版から全集を企図したプリント・オン・デマンド復刊が既に全体の半分ほどまで刊行が進んでいますので、併せておすすめしておきます。