深い霧の向こうに、青い山々が連なる〈安景(アンギョン)〉という国があった。
 みどり豊かで、風にも水にも恵まれた、美しい国だった。
 その国の都から十里ほど離れた村に、代々続く紅(ホン)海日(ヘイル)という学者の家があった。小さな橋のかかった細い水路と低い塀に囲まれた古い屋敷に、大きな書庫があり、庭には柳や梅(メシル)や柿(カム)や栗(バム)や、さまざまな花の咲く木が植えられていた。ヘイルの家は、貧しくもないが裕福でもなかった。本を書くことと、都や近隣の大きな町の学校に、地元の有望な若者を送り出す塾を営み、生計を立てていた。

 こんなふうに始まる、一見東アジアのどこかを思わせる異世界を舞台にした物語。
 学者ヘイルと妻との間に生まれた海石(ヘソク)は、幼くして文字を読み、詩をつくり、神童と呼ばれる賢い子だった。
 だが、母がヘソクが五つの年に病で亡くなり、一年後、父ヘイルは二度目の妻萩(サリ)を迎えた。
 サリはヘソクを可愛がろうとしたが、自分に学がないことに引け目を感じ、賢すぎる息子に気後れしてしまった。
 一方ヘソクは甘え方がわからず、自分に対して遠慮がちな母を見て、自分は好かれていないと思い込んでしまう。賢いとはいえ、まだたった六歳の子供だったのだ。
 やがてサリに男の子が生まれた。誰もが驚くほどの愛らしい赤ん坊は海蓮(ヘリョン)と名づけられ、両親からも、兄からも愛されて育った。
 ヘソクが弟を可愛がったので、ヘリョンも物心がつくといつも兄のあとを追いかけるようになった。
 だが、ヘソクが十二歳、ヘリョンが六歳になった年、平和だった学者の家に一つの事件が起こった。学者が安景国の第二王子火光(ファガン)の家庭教師に選ばれたのだ。
 ファガン王子は聡明で、学者も喜んで教えたのだが、やがて、王子が父王に対する反乱を企んでいるとの疑いがかかり、王子を焚きつけたとして学者も捕らえられてしまう。
 幼くして罪人の子という重い軛を背負うことになってしまった兄弟。お互いを思いやりながらも、長じるにしたがい別々の道をゆくことになった二人の運命は?
 愛したいと思いながらも心を通わせることが出来なかった母サリと、なさぬ仲の息子ヘソクの関係は?

 家族とは何か、兄弟の絆とは何かを問う、感動の東アジアファンタジイ。
 遠田志帆先生のカバーと扉絵も素敵です!