翻訳のほうでは注目の復刊企画が始まりました。R・オースティン・フリーマン『ソーンダイク博士短篇全集 Ⅰ 歌う骨』(渕上痩平訳 国書刊行会 3600円+税)は、〈シャーロック・ホームズのライヴァルたち〉のひとりである法医学者ソーンダイク博士の、現時点で判明している中短篇すべてを新訳で三巻に集成するものです。第一巻には第一・第二短篇集が収められています。

 倒叙形式のミステリの嚆矢(こうし)である第二短篇集『歌う骨』がすばらしいのは勿論ですが、第一短篇集『ジョン・ソーンダイクの事件記録』の面白さにはあらためて感じ入るものがありました。本全集では原書の単行本化に際して割愛された初出誌の挿絵や、フリーマン自身の手による図版や証拠写真の数々が可能な限り収められていて、「青いスパンコール」「アルミニウムの短剣」といった代表作からもまた新鮮な印象を受けたためです。続刊がとても楽しみです。

〈名作ミステリ新訳プロジェクト〉からは二冊刊行されていて、まずフレドリック・ブラウン『シカゴ・ブルース』(高山真由美訳 創元推理文庫 1040円+税)はブラウンの長篇ミステリ第一作で、MWA最優秀処女長編賞を受賞した代表作です。

 父親と同じ会社で印刷工の見習いをしているエドは、酔った父親が路地で強盗に殺されたという警察からの知らせに驚きます。伯父のアンブローズのすすめを受け、エドは伯父とともにシカゴの夜の街に繰り出して独自の捜査を始めます。

 複雑な家庭環境の少年エドが、父の突然の死をきっかけに現実と向き合う過程をえがく優れたビルドゥングス・ロマンです。伯父との捜査行のなかで、エドは終にはマフィアに牛耳られる夜のシカゴで危ない橋を渡るまでに至ります。長篇七作にわたるシリーズはエドの成長とともに物語が進みますから、はじめて読まれた方にはぜひ後続の作品も読んでみていただきたいです。

 各篇にはそれぞれ、すぐれたSFの書き手でもあったブラウンの独創的な着想が盛り込まれています。伯父(おじ)と探偵事務所を開いたエドのもとに、火星人から命を狙われていると依頼人が訴える『死にいたる火星人の扉』などはその最たるものでしょう。

 続いてジョン・ディクスン・カー『死者はよみがえる』(三角和代訳 創元推理文庫 920円+税)はギデオン・フェル博士シリーズの第八長篇です。

 奇妙な経緯で女性の絞殺死体の発見者となった作家のケントは、あきらかに自らが疑いをかけられる状況であるのを恐れ、現場から逃げ出してギデオン・フェル博士のもとに駆け込みます。すると居合わせたハドリー警視から、長旅に出ている間に親族に怪事件が続いていると聞かされて……。

 シリーズの先行作では『盲目の理髪師』『アラビアンナイトの殺人』あたりと傾向が似た、謎が次々とおとずれる展開の面白さで読ませる作品です。関係者に尋問するたびに不可解な証言が飛び出してくるのでいささか込み入りすぎているきらいはありますが、フェル博士が掲げる十二の疑問点を収拾する解答は意外性十分でしょう。