蒼井碧(あおいぺき)『建築史探偵の事件簿 新説・世界七不思議』(宝島社 1400円+税)は、『オーパーツ 死を招く至宝』で第16回『このミステリーがすごい!』大賞を受賞した新鋭の受賞後第一作だ。

 高校生の不結論馬(ふゆいろんま)は、旅先で足を向けた岩手県の鍾乳洞「巖竜洞(がんりゅうどう)」で、義理の兄である秀一と奇妙な首切り事件に遭遇する。秀一の推理により真相が明らかにされたその帰り、論馬は秀一から古代バビロンの空中庭園と平泉(ひらいずみ)の浄土式庭園に秘められた共通点について教えられる。

 それから九年後。大学院で建築史を研究している論馬のもとに、湯布院蘆花(ゆふいんろか)なる女性が訪ねてくる。義兄と同じ研究室に所属する歴史学者だという彼女との出会いが、論馬を不可解な事件に巻き込み、「世界七不思議」と日本の景観の知られざるつながりに迫ることに……。

 不可能犯罪の解明とあわせて、ギザのピラミッドやバビロンの空中庭園、エフェッソスのアルテミス神殿などの歴史的建造物の新説を披露するという、なんとも野心的な試みに挑んだ作品だ。こう書くと大部な物語を想像するかもしれないが、なんと250ページに満たない分量なのだから目を疑う。読み進めながら「三部作くらいで七つに触れていく感じか」などと思っていると、エピローグでは七つすべてに答えが出ているから、さらに目を疑ってしまった。アイデアを惜しまないにもほどがある書き方に、いささかもったいない気もしてしまうが、膨らませるよりも研ぎ澄ませる方を選んだ意欲を買いたい。見た目と読み心地はライトだが、侮(あなど)るなかれ。じつに手の込んだ一冊だ。

 最後は、これまでの三作とは趣(おもむき)の異なる作品を。

 市川憂人『揺籠(ようらん)のアディポクル』(講談社 1700円+税)は、堅牢極まりない限定空間を舞台にした作品だ。

《クレイドル》と呼ばれる無菌病棟には、主人公のタケルと、左腕が義手の痩(や)せた少女――コノハとふたりきり。病原体から守られ、療養に努めていたある日、事件が起きる。《クレイドル》と一般病棟をつなぐ渡り廊下が、大嵐で落下した貯水槽に圧(お)し潰されてしまい、さらに翌日、誰も出入りのできない密室と化したこの場所で、コノハが胸をメスで刺されて死んでいた……。

 病原体も入れない、これ以上ない鉄壁の密室で起きた殺人事件。“十三歳のぼく”であるタケルの一人称は、ボーイ・ミーツ・ガールの瑞々(みずみず)しさと喪失の悲哀があり、孤独をいっそう際立たせる。いったい何が起こっているのか? 犯人は? 動機は? 謎が謎を呼び、予断を許さないまま進行する物語の先で、ついに明かされる真相は、コロナ禍のパラダイムシフトを迎えた現在だからこそ、より深く胸を打つ。それまで普通だったことが、ふいに困難になってしまう理不尽さを、いま本稿をお読みの方も少なからず経験されていることだろう。たったそれだけのために――だからこそ、切実に、時間を掛けて、託し、伝えようとした純粋な想いと切なくも美しいラストシーンに、ぜひとも触れていただきたい。質の高い作品を紡(つむ)ぎ続ける著者の新境地を開く、普遍性を備えた力作である。