深緑野分『この本を盗む者は』(KADOKAWA 1500円+税)は、本をめぐるファンタジー。

 高校生の深冬(みふゆ)が暮らす読長町(よむながまち)には、彼女の曾祖父が作った巨大な書庫、御倉館(みくらかん)がある。深冬は本が嫌いだが、それは厳しかった祖母、たまきの影響もある模様。そのたまきが生前にかけたブックカース(本の呪い)のおかげで、御倉館から本が盗まれるたびに街は物語世界に侵食され、深冬は相棒の真白(ましろ)とともに、本泥棒を捕まえなくてはならなくなる。

 盗難が起きると、街はがらりと様相を変える。日常に不思議な現象が混在するマジックリアリズム的世界や、探偵が気障(きざ)な会話を繰り広げるハードボイルドの世界、さらに巨大で不思議な生物が生み出すエネルギー源を採取する地下採掘場があるスチームパンク的世界、さらにはどこか不穏な奇妙な味の世界……。そのひとつひとつの世界観の構築、そこで繰り広げられる冒険、ブックカースが発動した時だけ現れる真白という少女と深冬の友情など、読みどころは満載。

 さらに、たまきが仕掛けた呪い自体の秘密にも迫っていく。本をめぐるファンタジーといえば『はてしない物語』なども浮かぶが、こちらから物語の世界に入り込むのではなく、物語が現実を侵食する、という設定もユニークで、だからこそ深冬が元に戻そうと懸命になる理由に説得力が生まれる。本好きならもう、問答無用で単純素直に楽しめるエンターテインメント。

 浅原ナオト『#塚森裕太がログアウトしたら』(幻冬舎 1400円+税)では、高校のバスケ部の人気者、塚森裕太がSNSでカミングアウト。そこから広がる波紋を、周囲の人間と、彼本人の視点で追っていく。LGBTQは自分には無関係だから……と思っている人にこそ薦めたくなる一冊だ。

 カミングアウトを迷惑に思う同じ学校のゲイの男の子、娘がレズビアンだと知って塚森にアドバイスをもらおうとする教師、塚森のファンであり続けようとする女子、どうしても彼に嫌悪感を抱いてしまうバスケ部の後輩。それにしても、塚森はなぜカミングアウトしたのか? アウティングなどLGBTQ周辺の問題も盛り込まれるが、「自分が自分である」とはどういうことか、その問いに真摯(しんし)に向き合っていて読ませる。

 田丸久深(くみ)『小樽(おたる)おやすみ処(どころ) カフェ・オリエンタル ~召しませ刺激的(スパイシー)な恋の味~』(二見サラ文庫 670円+税)は小樽が舞台。職場の人間関係に悩み仕事を辞めた日向(ひなた)がたまたま立ち寄ったのは、南小樽のカフェ。若いシェフが営むその店は、薬膳の知識を活かした料理が人気だ。日向も魅了されて常連となったあげく、そこで働くことに。時に店には、偶然日向の元同僚や上司も訪れて……。

 もちろん出てくる料理は美味(おい)しそうで、小樽の街の魅力もたっぷり。だが、読ませるのは仕事に疲れた人間たちが、ふと立ち止まって自分の状況を見つめ直す姿。シェフやその家族も事情を抱えており、彼らを含めた一人一人の心がほどけていく様子が丁寧(ていねい)に描かれていく。文庫オリジナルなので手軽に読めるが、そこにこめられている仕事や人間に対する真摯な思いは、とても深い。