mysteryshort200

 70年代の短編クライムストーリイは、レンデルとハリントンが牽引しましたが、このふたりだけでは、話になりません。第五巻で触れたロバート・トゥーイなどがいて、初めて層の厚さが出るというものです。そういう意味で、トゥーイ以上に、このころのクライムストーリイに活況をもたらしたひとりが、ウィリアム・バンキアです。1977年末に、光文社からEQが創刊されました(78年1月号)。そのときのブックボーナス(中編)以外の短編のラインナップは、フィッシュのシュロック・ホームズ、ホックのレオポルド警部もの、新人のルドスキ。あとは、リッチー、レンデル、そして、ウィリアム・バンキア、フローレンス・メイベリー、バーバラ・キャラハンでした。この顔ぶれを、十九歳の私は当然こんなふうになると考えていましたが、その主な理由は後ろの三人でした。
 ウィリアム・バンキアは、もともとはカナダの人で、初期の作品も、カナダを舞台にしています。EQMM初登場の「憑きもの」は、ミステリマガジン70年6月号に訳されましたが、版権表示には1962年とあって、旧作再録だったのかもしれません。邦訳も、これが初紹介。アクト・ワン(第一幕)というバーを舞台に、そこにやってくる霊媒の男がいる。いつもではないけれど、しばしば酒を吞んでいるうちに、何者かの霊がついて、その場の誰もしらないような外国語を喋ったり、突然ピアノの名演奏を披露する。もっとも、話が収束に向かうと、たちまちその後が丸わかりで、冴えた登場ではありませんでした。続いて翻訳された「歌口」は70年の作品です。私が初めて読んだバンキアでした。あるトランペット吹きが、何者かに殺され、直前に地回りともめていたことから、その遺恨からの事件と処理されます。ところが、一年後にある舞台で語り手は、死んだトランペッターの出す音を再び耳にします。そこから一気に事件が解決する。そんなことで同じ音になるのかという疑問も残りますが、話そのものも綾のないものでした。前半の語り口が良かっただけに、惜しい気がします。これがミステリマガジン71年10月号。そして翌々月の12月号に載った「交通違反」が秀作でした。
 夏の午後、カナダの地方警察に詰めるクリヤリーのところに、違反の左折をしたとひとりの男が連れて来られます。そのとき、クリヤリーは妻との電話中で、息子が熱を出していて、小児麻痺(ポリオですね)の疑いもあって、妻は早く帰ってほしそうだというのが、伏線になります。ふとしたはずみで、男が大金を持っているとわかり、男は二十ドルでうるさいことを言わずに放免にならないかと、買収を持ちかけます。かえって、クリヤリーの態度が硬化するのと同時に、今度は二枚目の運転免許書が見つかって、いよいよ怪しい。自分のパートナーの免許書をたまたま持っているのだと抗弁しますが、クリヤリーは二枚目の免許書の名前に憶えがある。このあたりの冒頭の展開は巧みの一語で、クリヤリーはその名が詐欺で手配中の容疑者だと気づき、男を逮捕します。男の提示する額が、二十ドルから一気に二万ドルに跳ね上がる。クリヤリーはそれを無視して、トロントの警察署に連絡し、刑事が来るのを待ちます。以下、手を変え品を変え、男はクリヤリーに買収を試みる。かりにクリヤリーが良心を全うしても、その後のどこかで誰かを買収して、放免されるから同じことだと、男も詐欺師だけあって口が上手いのです。ふたりの攻防に終始して、短かい話は終わりますが、結末の余韻は、ありそうでない味わいでした。
 さらに二か月後の72年2月号の「ポプラ荘の女主人」は、カナダの夏、遅い日暮れのころ、田舎のゲストハウス(民宿ですね)ポプラ荘に、主人公が宿を求めます。そこの女主人は彼のことを気にいって、他の客は泊めたくないと、後から来た客を近所の弟がやっているゲストハウスを紹介して、追い返してしまう。題名からも想像がつく、ダールの変奏ですが、半世紀前の中学生はそこそこ感心させられても、還暦すぎて再読すれば、さすがにダールとの差は歴然としています。それでも、半年足らずの間に訳された三編は、いずれも各月の作品の中では読ませるものがあり、バンキアの名は記憶するに値しました。
「弟を殺した男」は、主人公の殺し屋が、弟(警察刷新に動く郊外都市の市長)のところへ、同業者が差し向けられたことに気づいて……という話です。結末がいささか慌ただしく、こう終わるにしても、もう少し巧く書けなかったものかとは思います。「死にいたるまで」は、それまでのバンキアとは異なり、時代も場所も不分明な背景に、絞死刑(が復活したらしい)になった男が、なぜか死なずに生きていて、法的な処置に困るという話です。大島渚に、同様な(しかし日本固有な状況設定の)映画がありましたね。思考実験としてのスケールが小さいので、あまり買えません。
 次に邦訳されたのが、EQ創刊号に掲載された「ドリーン・グレイの声」です。これが凡庸な作品だったことが、私にとって、EQに対する不信感の原因のひとつになったことは事実で、話そのものといい解決といい、下手なハードボイルドふうの運びといい、とてもバンキアとは思えなかったものです。次の「教授救出作戦」も、時代遅れの大学バリケード(とはいえ、掲載と同じころ私のいた大学もバリストを打ってましたけど)は、コミカルな話であることを差し引いてもヌルいもので、話が締まらない。この二作では、しばらく紹介が途絶えたのも仕方ないでしょう。しかし、五年ほどおいて「過去から来た子供」は佳作でした。主人公はモントリオールで働く広告用のイラストレイター(愛娘も同業者ですが、彼より腕がいいらしい)です。会社のパーティでトロントから来た若い娘と知り合う。彼女は全国的に有名な富豪の養女で、コネでモントリールの広告代理店に入ったのでした。なんとなく互いに魅かれるものがあって、呑みに出ると、店員から親子と間違われる。主人公の娘に対する態度は、異性へのそれとはちょっと違うと思っていると、生きていれば同じ年ごろの、死産だった二番目の娘がいたのでした。しかも、主人公が親友の元警官に相談に行ってうちあけたのは、医者が赤ん坊を死んだことにして、大金持ちに横流ししたのではないかという疑いでした。いまなら遺伝子で鑑定するのでしょうが、当時のこととて、主人公は親友とふたり死産の娘の墓を暴きます。前半の展開は少々もたつき気味ですが、墓が空と分かり、医者を拳銃片手に問いつめるあたりからは、快調です。どのような解決をつけようと、当事者全員が幸福になることはないというジレンマが巧妙で、元警官の親友が、先走って医者を脅しに行ったために、事件が後戻りのきかないものになるのも見事です。結末に意外性を求めるのは無理なタイプの作品ですが、最後のひとひねりで悲劇を完結させてみせました。
 この間に、ミステリマガジンには「世紀のギャグ」という、売れっ子スタンダップコミックと、持ち込みギャグライターの、ミステリ味の薄い凡作が載りました。同様にミステリ味は薄くても、のちにアシモフのアンソロジー『いぬはミステリー』に採られた「ジャズの嫌いな犬」は、添え物の犯罪部分を上手に使って、ハートウォームな噺に仕組んでいました。

 EQ創刊号にバンキアとともに名を連ねていたのが、バーバラ・キャラハンです。本邦初紹介はミステリマガジン77年7月号の「言わないで、サリー・シャイ」でした。数種類の人形を操る人形遣いが、自分の言葉を人形に代弁させていながら、人形を自分とは別人格を持つ生き物のように扱っている。こういう心理的あるいは精神的な異常性を、その人自身の一人称で描くのは、この作家のよくするところですが、40年代から50年代にかけて書かれた心理サスペンスと異なるのは、端から読者に手の内を明かしてしまっていることでしょう。その上で、話を展開しようとする。EQ創刊号の巻頭を飾った「風車の夢」も同様で、主人公の五十代の女は、風車の夢に悩まされたあげく、他人の暴かれたくはないプライヴァシーを探ってはブラックメイルを送ることで、心の安定を得ます。
 そうしたキャラハンの行き方は、この二作では、あまり成功していませんが、ミステリマガジン81年7月号に載った「こんにちは、キャスリーン」は見どころがあります。今回のヒロインは、かつて、心無い噂話のせいで、アイルランド移民の祖父が、独立戦争のさなか故国でスパイを働いたと、周囲から疑いの目で見られ、失意のうちに死んでいます。祖父の死から、さかのぼって、その原因をゆっくり描いていくというのが、落ち着いているとも言えるし、やや冗漫とも言える。まあ、七対三で前者でしょうか。アイルランドの風習(キャラハンはアイリッシュの姓ですね)なのでしょうか、死者は足の親指を紐で結んで埋葬します。「紐の足枷をはめられた死者の霊は、現実の世界に戻って生きているものを苦しめることはできない」のです。噂の元となった隣家の女とその姪に、少女時代の彼女は復讐を試み失敗します。ヒロインのこの復讐の失敗ぶりが、ある意味、アイリッシュふうに迷信がかっている、長じて美容師となった彼女は、女優となった隣家の姪のメイクアップをすることになる。最後のチャンスとばかりに、周到に女に試みる復讐に、これまた迷信がかったところがあって、それゆえ、不思議なクライムストーリイになっていました。
 老人用の介護療養院にいる女主人公が、院を抜け出して、かつて自分が住んでいた教区の教会(ここでも、アイルランド系らしく、カトリックです)に、なにかを成就に行くらしいというのが「過去からの贈り物」です。異常とまでは言えないにしても、この一人称の主人公も、妄執の虜とは言えるでしょう。ここでも、若いころの悲劇がゆっくりと回想され、その原因となった近隣の女は「風車の夢」の主人公のような、密告屋でした。
 70年代末にエドワード・D・ホック(当時の創元社の表記ではホウク)編の年刊傑作選に採られたのが「ノヴェンバー・ストーリー」「ドラマの続き」です。前者はアメリカ大統領目前の上院議員の妻が、灰色の壁に取り囲まれているという幻想に支配されています。その壁は、夫が大統領に近づくために払った犠牲や悪徳の代償でした。後者の語り手は、自分のことを、安手のテレビドラマの主人公が、劇中で生き分かれた娘だと、信じ込んでいます。例によって、幻想にからめとられた本人による一人称です。ともに、最初の発想というか幻想というかから考えられる物語の域を出ない。そういう意味でアイデアの範囲内に終始した凡作ですが、長さのある分「ノヴェンバー・ストーリー」の方が、描き方は手厚くなっていました。

 ドナルド・オルスンの「さけびと谺」を読んだとき、有望な新人が出たと思いました。ミステリマガジン75年10月号。前年発表されたものでした。人里離れた田舎の農場に娘とふたりで住んでいる寡夫のところに、彼の姉がやってきていて、一緒にニューヨークで暮らそうと誘います。彼女も夫を亡くして、淋しくもあり不便でもありなのでした。しかし、どんな他人が近所にいるか分からない都会は、自分も娘も怖くて住めない。安全第一というのです。彼はかつてジャーナリストだったころ、ナチ政権下のベルリンに派遣され「ベルリンで私は花婿になり、父親になり、ついで寡夫になり、そしてその間に一生かかっても見きれないほどの暴力をこの眼で見た」のでした。彼の妻とその一族は、ナチの虐殺の被害者だったのです。ニューヨーク行きを断ったまま、十年ほど経ちます。オートバイを乗った若者の一団が、彼の土地を走り始めます。田舎のこととて、私有地だから通るなと言っても、保安官さえ味方になってくれません。むしろ、近所付き合いをしない変な親子と見られていたのでした。傍若無人(に主人公には見える)な若者は、娘に話しかけ、娘も相手をしているらしい。悪いことに、オートバイは、ナチ政権下ベルリンの暴力の記憶と密接に結びついていました。こうしたことが落ち着いた筆致で描かれ、ある日、敷地の境界にある吊り橋から若者のオートバイが転落します。橋には細工のあとがあり、主人公が疑われる。最後はそれまでと違った、たたみかける展開で、意外性を持ったオチがつけてありました。
 再読した印象は、悪くなかったものの、結末の意外性に作った手つきが透けて、それは娘の造形が不充分なためでしょう。それと、いつの話なのかはっきりしないのが、この場合は作品を不安定にしています。1939年のベルリンに世の中が近づきつつあるという、主人公の述懐があるだけに、そこが不分明なのは、とくに年月が経ったいまでは、とりわけ、そう感じます。
 次に紹介されたのはEQ80年9月号の「汝の隣人の夫」です。初読時の印象は薄かったのですが、読み返すと、こちらの方が面白く読めました。ヒロインは夫婦仲のいい女性です。夫は仕事柄しばしば二週間ほど営業に出るのですが、そのことに不満もありません。その隣家に引越してきたのが、同年配の夫婦ですが、こちらは夫婦仲がよろしくない。夫は愛想がいいのですが、その夫を妻が悪しざまにののしるのです。仕事で家を空ける間の無聊をなぐさめるように、ヒロインの夫が日記帳をプレゼントしてくれたことで状況が動きます。愛想のいい隣家の夫と不倫の空想を楽しむうちに、ありもしない関係を書き綴るようになったのです。このプロセスが巧みな上に、無論、あるきっかけから、どうも夫が日記を読んでしまったらしいとなり、弁解に努めますが、聞いてはもらえない。そうこうするうちに隣家の妻が殺されてしまいます。結末の意外性よりも、そこも含めて浮き出てくる人間関係の綾で読ませる一編でした。
 その後「感謝のしるし」「一歩お先に」「新米掃除婦」と夫婦間に生じた殺意を描いたクライムストーリイがありますが、どれも結末への持って行き方に強引さがあって、あまり買えません。「犯罪と勝利」は、死を待つばかりの老婦人と、その介護をするふたりの姪(遺産相続のことしか眼中にない)を見守る、老婦人と結婚してもおかしくはなかった主治医の語る、殺人罪には問えない殺人の話です。ゆったりと語られるクライムストーリイは、それなりに読ませますが、「さけびと谺」「汝の隣人の夫」に比べれば、鋭さ酷しさに欠ける。
 バーバラ・キャラハンやドナルド・オルスンといった作家は、書き継ぐうちに、易きに流れたところがあるように、私には見えます。もう十年、いや、もう五年早く出ていれば、より洗練されたクライムストーリイへ向かう作家となっていたかもしれないと考えるにつけ、残念に思います。

※ EQMM年次コンテスト受賞作リスト(最終更新:2021年2月19日)



短編ミステリの二百年1 (創元推理文庫)
モーム、フォークナー他
東京創元社
2019-10-24


短編ミステリの二百年2 (創元推理文庫)
チャンドラー、アリンガム他
東京創元社
2020-03-19


短編ミステリの二百年3 (創元推理文庫)
マクロイ、エリン他
東京創元社
2020-08-24


短編ミステリの二百年4 (創元推理文庫)
リッチー、ブラッドベリ他
東京創元社
2020-12-21


短編ミステリの二百年5 (創元推理文庫)
グリーン、ヤッフェ他
東京創元社
2021-06-21