〈論創ミステリ叢書〉からは『佐左木俊郎探偵小説選Ⅰ』(論創社 4000円+税)が出ていて、長篇『狼群』『恐怖城』と短篇代表作「熊の出る開墾地」が収められています。遺作の長篇代表作『狼群』はおよそ85年ぶりとなる復刊です。

 代議士が連続して殺され、現場には血で書かれた復讐の声明文が残されました。続く標的となった青堀代議士の邸宅に遠見浦警察署の署長以下刑事たちは警護に集まり、襲撃者に備えますが――『狼群』

 佐左木は農民文学の書き手として世に出たのち、新潮社の編集者として《文学時代》の創刊に携わり、同誌に探偵小説の創作を掲載するようになります。ミステリ史で最も知られる功績は、甲賀三郎の発案をうけて、書き下ろしの長篇探偵小説だけを集める日本初の企画〈新作探偵小説全集〉を手がけたことでしょう。『狼群』もこの全集で刊行されたものですが、佐左木は持病の結核から執筆中に早世したために、のちに作家・納言恭平となる新潮社の同僚奥村五十嵐が後半を書き継いでいます。

 物語のほうは事件の因果が開巻早々に読者に明かされてしまい、刑事たちがいかに襲撃に対峙(たいじ)するかという内容です。刑事と犯人が互いに変装して遭遇したりと随所(ずいしょ)にケレン味があって面白いとはいえ、謎解きをするというわけではありません。どちらかといえば暴力性を前面に出した『恐怖城』のサスペンスのほうが、現代でも受けがよいのではないかと思います。Ⅱ巻は短篇探偵小説が拾遺(しゅうい)されるということで、引き続き楽しみです。

 結城昌治『軍旗はためく下に 増補新版』(中公文庫 1000円+税)は直木賞を受賞した結城の代表作。作家になるより前に東京地検に勤め、戦犯の恩赦事務で多くの軍法会議の判決書を読んできたという結城の経験が活かされた、戦争犯罪についての連作短篇集です。自註(じちゅう)自解のエッセイが増補収録されています。

 各篇は冒頭に陸軍刑法の条文をエピグラフに掲げ、その法のもとに戦地で不条理な死の裁きを受けた兵士のことを、当時の戦友に聞き書きするという設定でえがかれます。ただただ辛く悲しく、しかし憤(いきどお)りを感じもする物語で、結城の「戦争を知らない人たちに読んでほしい」という思いは今なお生きているでしょう。ミステリとして書かれた小説ではありませんが、「敵前党与逃亡」で証言の食い違いが連鎖するところや、「司令官逃避」の結末でさらりと告げられる事件が冷ややかな背景を連想させるところなど、随所ではっと驚かされます。

 泡坂妻夫・中井英夫・日影丈吉『秘文字』(長田順行監修 復刊ドットコム 17000円+税)は、暗号文で書かれた短篇を読者が解読しながら読むという趣向で編まれた奇書の復刊です。社会思想社版の初刊本を忠実に復刻していて、さすがに当時の定価の三倍以上に至っていますね。復刊の付加要素として、当時版元に問い合わせた読者だけが入手できた解答編冊子がついています。

 建石修志の美麗な挿画に意味不明の暗号が記されているだけの本文は異様な魅力を湛(たた)えています。その暗号を解いて読めるのが、三人の作家が「暗号をテーマに書き下ろした短篇」だというのがまた徹底しています。各作家の短篇を読むだけならば、それぞれの著書で暗号解読後の文章が復刊されてはいるのですが、本書付録の解答編冊子を読めば、暗号を解かせるヒントをあたえるために小説に手心をくわえていることがわかります。つまりは暗号を解読して読むことを企図して書かれているのですから、ここはそのとおり暗号から読み解きたいところです。