このロマンチックで不思議な迷宮のような物語では、ふたつの主人公のストーリーが交互に語られている。

 ひとつのストーリーはこうだ。
 英国領マラヤの町イポー。
 ジーリンは偽名を使って、ダンスホールで働いていた。こんなところで働いていることが家族に知れたら大変だ。厳しい継父は怒り、母は泣くに違いない。
 だが、そもそもジーリンがダンスホールで働く羽目になったのも、母が継父に内緒で麻雀の借金を作ってしまったからだ。
 以前は仲良しで、なんでも打ち明けることができた継きょうだいのシン(継父の連れ子でうっとりするような美形。なんとジーリンと誕生日が一緒なのだ!)は、シンガポールの医学大学に進学してからは、手紙の返事さえよこさなくなってしまった。
 学校の成績ならジーリンのほうがよかったし、ジーリンだって上の学校に行きたかったのに……。
 ある日ダンスホールでおしゃべりなサラリーマンのダンスの相手をしたジーリンは、偶然相手のポケットから小さなガラスの瓶を抜き取ってしまった。
 あとで返そうと思ってふと中を見ると、そこには第二関節から切断された、ひからびた人の指が入っていた。しかも、数日後、その男が急死したと新聞に載っていたではないか。
 ジーリンは、こんな気持ちの悪いものを持っていられないと、たまたま帰ってきていた継きょうだいのシンと一緒に男の葬式に行くが、愛人と勘違いされて男の妻に叩かれ、ひっかかれる。ようやく誤解を解き、男が遺した小瓶(人間の指の干物入り)を渡そうとするも、受け取りを拒否されてしまう。死んだ男は、その小瓶をバトゥ・ガジャ病院の看護婦からもらったらしいから、その人に返せばいいと言われて。それならばとジーリンとシンは、バトゥ・ガジャに向かうが……。

 もうひとつのストーリーは。
 英国領マラヤの町バトゥ・ガジャ。
 英国人老医師マクファーレンのもとで働いていたハウスボーイのレンは、老医師の死後、紹介状を携え、バトゥ・ガジャ病院に勤める英国人医師ウィリアムのもとに向かった。マクファーレンは死の前に、魂が尽きる前、四十九日以内に、自分の失った指を見つけだし、墓に埋めるように約束させていた。
 ウィリアム医師のもとで働くことが決まったレンは、仕事をしながら(その家にあるはずの)老医師の指を捜すが一向に見つからない。
 もしかしたらもうウィリアム医師のもとにはないのかも。誰かにあげてしまったか、捨ててしまった?
 その頃バトゥ・ガジャでは、不審死が続いていた。まるで虎に喰い殺されたかのような無残な死体。巷では人虎の仕業とも囁かれていた。
 そしてウィリアム医師が関係をもっていた農場の女性も、虎の餌食に……

 一見別々のストーリーに見えるジーリンの物語とレンの物語の接点は?
 バトゥ・ガジャで起きている不審死の真相は?

 英国領マラヤという、東洋と西洋が混じりあった幻想的な雰囲気の町を舞台に、人虎の伝承、連続不審死の謎、ジーリンを取り巻くロマンスの影と、魅力的な要素が一杯に詰まった贅沢なファンタジイ。

夜の獣、夢の少年 上 (創元推理文庫)
ヤンシィー・チュウ
東京創元社
2021-05-10


夜の獣、夢の少年<下> (創元推理文庫 F チ 2-2)
ヤンシィー・チュウ
東京創元社
2021-05-10