よく「デビュー作より二作目が勝負」などといわれるが、ミステリーズ!新人賞受賞作を表題とする『サーチライトと誘蛾灯』に続く櫻田智也の第二作品集『蟬かえる』(東京創元社 1600円+税)は、その勝負に文句なしの出来栄えで勝ち星を挙げてみせた一冊だ。
 今回も昆虫好きのとぼけた青年――エリ沢泉(えりさわせん。「エリ」は「魚」偏に「入」)が探偵役を務める、昆虫をモチーフにした五つの収録作はいずれも、ホワットダニット(なにが起きているのか)の面白さを究めた作品ばかり。少女が交差点で巻き込まれた事故と団地の一室で起きた負傷事件を結ぶ真相を解き明かす第二話「コマチグモ」は、第73回日本推理作家協会賞〈短編部門〉にノミネートされ、刊行前から高い評価を獲得していたが、この優れた作品を表題にしていない点からも内容の充実ぶりが窺(うかが)えるだろう。

 巻頭を飾る、16年前に災害ボランティアに参加した若者が目撃したという行方不明の少女の幽霊についてエリ沢が思わぬ回答と奇縁を語る表題作。前作『サーチライトと誘蛾灯』収録「ホバリング・バタフライ」で顔を見せた瀬能丸江(せのまるえ)が再登場し、中東からやってきた青年の不可解な死に迫る第三話「彼方(かなた)の甲虫」もミステリとして素晴らしいが、解き明かされた先に広がる情景に胸打たれる最後の二編を白眉(はくび)としたい。

 サイエンス雑誌の編集長宛に読者の少年が掛けてきた一本の電話が、失踪した元ライターにまつわる謎へと続く「ホタル計画」。国際的な医療支援法人に参加し、アフリカから帰国した医師が秘かに進める企みを、旧友であるエリ沢が見抜く「サブサハラの蠅(はえ)」。捉えどころのなかったエリ沢のキャラが前作の後半で次第に愛すべき人間としての厚みを増していったように、この二編もまたエリ沢をよりいっそう血の通った人間として活写し、彼が謎を解くことで経験し、背負ってきたものの重みを読み手に伝えてくる。

 ブラウン神父と亜愛一郎(ああいいちろう)の系譜に連なる探偵役を起用し、泡坂妻夫の衣鉢(いはつ)を継ぐ作風でキャリアをスタートさせた櫻田智也は、早くも二冊目で独自のテイストを見出した。今後さらなる飛躍を予感させ、ますます目が離せない。

 ここからは特殊設定ミステリ三連発。

 まずご紹介する、結城真一郎『プロジェクト・インソムニア』(新潮社 1650円+税)は、第5回新潮ミステリー大賞受賞作『名もなき星の哀歌』でデビューした新鋭の高密度な長編作品。
 特殊睡眠導入剤の開発に成功し、夢に関する研究を進める企業ソムニウム社による極秘の人体実験〈プロジェクト・インソムニア〉。その内容は、年齢も性別も異なる人間たちが夢のなかで共同生活し、起きてから夢で起こった出来事を報告するというもので、突発的に眠りに落ちてしまうナルコレプシーを患(わずら)う蝶野恭平は、同社に勤める友人からこの実験への参加を乞われる。

 被験者となった蝶野が参加者たちと生活をともにする〈ユメトピア〉なる夢のなかの空間は、架空のものでさえも思いのままに生み出せる理想郷で、蝶野もたちまちその世界に魅了されていく。ところが、ある事件を皮切りに、参加者たちは何者かの悪意に追い詰められていく……。

 とにかく真相究明のためには〈ユメトピア〉における諸々のルールを見つけ、理解しなければならず、一行たりとも読み飛ばせない。しかもなにが起こるかわからない目まぐるしい展開に振り回されつつなので、読み進めるには少々集中力を強いられる。さらに、ホテルの一室で死んでいた男の傍(かたわ)らにある銃と、スーツケースに入ったその銃とは口径があわない大量の銃弾の謎をはじめ、バラバラ殺人や天才ピアニストの消失、繰り返される殺人予告といったものまでがぎっしりと盛り込まれて隙がないが、だからといって難解さで読み手を煙に巻くタイプの作品にはなっていない。

 その証拠に、真犯人の正体と啞然(あぜん)とする動機が明らかになるクライマックスでは、散らばっていたパズルのピースがみるみるはまり、盤上の石がつぎからつぎへと覆(くつがえ)るオセロを見るような気分を同時に味わうことができ、その練りに練られた構成力には、大いに唸(うな)ること請け合いだ。