第15回ミステリーズ!新人賞を受賞してから、三年。
ようやく受賞作「屍実盛(かばねさねもり)」を含む連作短編歴史ミステリ『蝶として死す 平家物語推理抄』を上梓することができました。
この作品は、俗に源平時代と呼ばれる平安時代末期の一時期という、歴史ミステリにおいてマイナーな時代を舞台に、マイナーな人物を探偵役にした歴史ミステリです。
おそらく、多くの読者様から、「どうしてこの時代のミステリを書こうとしたのか」「なぜ平頼盛を探偵役にしたのか」とのご質問がありそうなので、この場をお借りしてお答えさせていただきます。
まずは、「どうしてこの時代のミステリを書こうとしたのか」。
実は最初、未解決事件・ブラックダリア事件を題材にした現代物を書いていました。しかし、書き上げたものの、既定の枚数に達しませんでしたので破棄。
自分の好きな歴史を題材にすれば書けそうだと、方針を変更。大学時代に自分が専攻していた平安時代末期を舞台にすることに決めました。
こうして、時代設定が決まれば、次はミステリで最も重要な探偵役を決める番です。
そこで、「なぜ平頼盛を探偵役にしたのか」のご質問の答えとなります。
結論から言うと、大学の卒業論文のテーマが、平頼盛だったからです。
滅びの美の体現者である平家一門の中で、たくましく生き残り、自らの一族を守り抜いた彼に、生き抜く美を見出したのがテーマにした理由でした。
しかも、頼盛は史実において、失脚三回、破産二回、自宅全焼一回等、幾度となく窮地に陥り、そのたびにけっこう迅速に手を打ち、生き抜くためにとても知恵を絞っていたので、頭脳で勝負する本格ミステリの探偵役にはうってつけでした。
さて、歴史ミステリを書くにあたっては、史料とかけ離れすぎた虚構を書くのは好みではないので、できるだけ作中の事件が起きた年月日と史実の年月日が矛盾しないように注意する等、慎重に時代考証をしました。
「屍実盛」受賞時に、舞台となった時代にあったかどうか定かではない技術についてご指摘いただいたので、以後は頼盛の検死技術以外は、平安時代末期にあった技術を使ったミステリ作りを心がけました。
こう書くと、堅苦しい作品のように思われてしまいそうですが、私の好きな国内外の本格ミステリのネタを一作品につき最低三作は仕込んでおいたり(そもそも拙作の題名からして某本格ミステリのオマージュ)、探偵役は自分に都合よく事態を運ぶために謎解きをするちゃっかりさんだったりと、軽口の要素もいくつか入れております。ですから、お気軽にお手に取って下さいませ。
ここからは、『蝶として死す』各話の裏話です。
「禿髪(かぶろ)殺し」……第14回ミステリーズ新人賞最終候補作。
作品としても、書いた順番としても、児童文学作家でもある私の書いた大人向けの作品としても、すべてにおいて最初にあたる作品です。
ゲストスター:平清盛。
喜怒哀楽の激しい傲慢な権力者という、巷間で知られる『平家物語』の清盛像ではなく、私独自の解釈による清盛像です。キャラクターのコンセプトは「稀代の傑物」「この兄上には勝てない」です。
大河ドラマ『新・平家物語』にて名優仲代達矢氏が演じた平清盛をイメージしながら読むと、より楽しめます。
余談ですが、探偵役であり、主人公でもある平頼盛の外見は、史実に記録がありません。そこで執筆にあたり、大河ドラマ『新・平家物語』『平清盛』を見て外見描写の参考にしようとしたのですが、なかなかしっくりと来ないので、結局「当時の五十代男性の割にはよく動き回っている」という史実から「若々しい」と連想を働かせ、「童顔」という設定になりました。
「葵前(あおいのまえ)哀れ」……作品としては二番目に来ますが、書いた順番としては四番目となります。
ゲストスター:高倉天皇。
気苦労多い人生を送った薄幸の美青年天皇。今まで書いたことのないタイプだったので、個人的にけっこう難しかったです。キャラクターのコンセプトは「悲恋」「少女漫画の王子様キャラ」です。
余談ですが、作中頼盛が香に詳しいのは史実で、彼の父である平忠盛が伝承したと思われる史料『香之書』には、頼盛が調合した香が記録されています。
頼盛を花にたとえたら沈丁花というのも、私の創作ではなく、平家一門を花にたとえて紹介した『平家花ぞろへ』という古典にあったものを引用しました。
「屍実盛」……第15回ミステリーズ!新人賞受賞作品。
作品としては三番目になりますが、書いた順番としては二番目となります。
ゲストスター:木曾義仲。
かの俳聖松尾芭蕉や文豪芥川龍之介に愛された風雲児。変に茶化して書こうものなら彼らに祟られそうなので、心して書きました。キャラクターのコンセプトは「純朴」「少年漫画の主人公」です。
余談ですが、雑誌掲載版と単行本版で平頼盛らの邸宅の住所が変わっています。それは校正者様が新しい資料で正確な住所を見つけ出して下さったおかげです。登場人物の一人、中原清業の肩書が武士から下級貴族に変わっているのは、後で自分が調べた資料に「史大夫」という下級貴族だと説明されている一文を見つけたからです。
これに限らず、学生時代に集めた資料が古くなっていて現代の資料とは内容が変わっていたり、一つの資料に基づき人名や元号を確認していたので誤記していたり、自分が資料の中の一文を読み落としていたり、資料の作者名や出版社名を間違えて資料ノートに記録していたりと、諸々のミスをしていたことが校正でわかり、すべて修正。時代考証はもちろん、資料検討も大事だと改めて痛感しました。
「弔千手(とむらいせんじゅ)」……作品としては四番目になりますが、書いた順番としては三番目となります。
ゲストスター:源頼朝。
鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』にて、名探偵頼朝な逸話をいくつか残していたりする切れ者。こちらも巷間で知られる頼朝像ではなく、私独自の解釈により頼朝像です。キャラクターのコンセプトは「エゴイスト」「西澤保彦先生作品に登場しそう」です。
余談ですが、作中に登場するとある歴史的出来事に対する疑問やそれを解く伏線は、『平家物語』『吾妻鏡』を読んでいて実際に見つけたものです。唯一の例外である「蛇が木に登ると次の日は雨になる」という伏線は、私が学生時代に鎌倉でアルバイトをしていた時にお世話になった、鎌倉在住の年配の女性店員から聞いた蘊蓄を元にしており、史実ではありませんが嘘でもありません。
「六代(ろくだい)秘話」……作品としても、書いた順番としても最後になります。
ゲストスター:北条時政。
権力も若妻も手に入れた中年の星。こちらも今まで書いたことのないタイプでしたのに、なぜか書いているうちに筆が乗ってきてしまいました。キャラクターのコンセプトは「辣腕家」「ギラギラしている」です。着色された木像が現存しておりますので、そちらをイメージしながらお読み下されば、より楽しめます。
来年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で主役を張る北条義時の父親ですので、今から出番が楽しみだとわくわくするうちに、自分の作品に登場させてしまいました。
作中の時政の義時への態度が雑なのは、細川重男先生の著作『北条氏と鎌倉幕府』が元となっており、決して史実からかけ離れたものではありません。
余談ですが、作中平維盛とその息子六代に対して酷評する人物が登場しますが、あくまでも物語を成立させるためであり、私個人は多くの方々と同じく平維盛父子を悲劇の人と思っています。
最後になりますが、拙作「屍実盛」をお選び下さった選考委員の先生方。この本の刊行に御尽力して下さった東京創元社の皆様(特に、ミステリと時代の両方の考証やアドバイス等、八面六臂の活躍をして下さった担当編集の泉元彩希さん)。雑誌掲載時に美麗なイラストを描いて下さったアオジマイコ先生。刊行に当たり、華麗なイラストを描いて下さった立原圭子先生。創作のイロハを教えて下さった村山早紀先生。長年創作技法を指導して下さった円山夢久先生。大学の卒業試験で「卒論のテーマで誰も知らない人物を選んでしまったから、面接試験が不安だ」と怯える私へ「誰も知らない人物ということは、自分以上に知っている人はいないということだ。自信を持って行け」と励まし、平頼盛に対する私の自信を決定付けてくれた友人のさっちゃん。
そして、この本をお読みくださった方々や、これからこの本に興味を持って下さる方々へ、心より御礼申し上げ、かつ感謝いたします。