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 今日、アメリカのMWA(アメリカ探偵作家クラブMystery Writers of America)に対置するイギリスの組織として、広く知られているCWA(英国推理作家協会The Crime Writers' Association)は、第二次大戦後の1953年に、ジョン・クリーシー(J・J・マリック)の呼び掛けで設立されました。MWAの設立が1945年ですから、ずいぶん遅れた印象を与えるかもしれませんが、イギリスには第二次大戦前から、ディテクション・クラブという、黄金期のミステリ作家が作った組織がありました。ディテクション・クラブは、会員をフェアな謎解きミステリの作家に限り、冗談に近い儀式まであって、のどかな時代の親睦団体の趣きが強い。それだけに、世の中がせちがらくなると、業界団体としては頼りなかったかもしれません。戦後は活動が先細りになり、1958年に熱心な世話人だった第三代会長のセイヤーズが亡くなると、閉塞感が顕著になったようです(セイヤーズ会長時代にCWAが出来ています)。その後、謎解きミステリ以外の作家の入会も認められるようになり、現在に到っていますが、CWAには、MWA同様年間最優秀の作品を顕彰する賞(CWA賞)の存在もあって、そちらの方が、日本では知られる存在になっています。
 このふたつの組織は、それぞれ、MWA同様に短編ミステリのアンソロジーを出しています。そして、その第一弾は、日本でも比較的すみやかに翻訳出版されました。CWAのアンソロジーは1956年に出版され、これはCWAが手始めにやったことと言ってもいいでしょう。邦訳は『15人の推理小説』と題して1960年に東京創元社から出ました。ディテクション・クラブは、戦前のリレー小説『漂う提督』が有名ですが、謎解き作家以外にも門戸を開いたのち、1979年に『13の判決』を出しました。邦訳は二年後の1981年。講談社文庫でした。この訳書は英国推理作家協会編となっていますが、組織の混同もしくは訳語統一の不備が、そこには現われています。二冊それぞれに序文がついていて、前者はジョセフィン・ベル、マイケル・ギルバート、ジュリアン・シモンズの連名で、後者は当時のディテクション・クラブ会長ジュリアン・シモンズが書いていました。どちらも、第二次大戦後のイギリスのミステリ事情を伝える貴重な文章と言えます。
『15人の推理小説』のまえがきで、とくに指摘しておきたいのは、次の二点です。ひとつは、アンソロジー選定にあたって、収録作をdetective storiesに限るべきかcrime storiesにまで範囲を拡大するかという議論がなされたということです。結果は拡大路線が採られました。しかし『13の判決』の序文で、ディテクション・クラブ会長のジュリアン・シモンズが「平和の時代の到来と共に、創始者たちが考えたような探偵小説は劇的な衰退をきたし」と書いた状況にあっても、なお、その議論はなされたのでした。海の向こうのアメリカでは、EQMMコンテストの第一席に「決断の時」「黒い子猫」がすでに選ばれるようになっていたにもかかわらずです。もうひとつは、収録作品の長さについて触れたところで、イギリスの短編ミステリのマーケットの現状を「その展望はかんばしくない」と率直に語っているのです。ショートショートは根づいているが(イヴニング・スタンダード紙から好意に満ちた激励を受けたとあります。クリスピンがたくさん書いた新聞ですね)、五千語から一万語の作品については「マーケットの可能性はほとんどない」と書いているのです。ストランドがホームズをかつげば、対抗誌が別の名探偵をかつぐといった時代は、とっくに終わっていたのでした。
『13の判決』のシモンズの序は、戦後のディテクション・クラブの衰退を率直に語っています。先の文章は、こう続きます。「この衰退ぶりはクラブの浮沈に反映した。クラブは常々、一部会員の強い熱意によって支えられてきたのだが、今やこうした会員が物故したり、筆を折ったり、関心を失ったりするに及んで、会合に出席する者の数が次第に減っていった」と。閉塞感を打ち破るためには、ミステリの範囲を広く取ることは必須かつ急務だったのでした。
 では、アメリカでの隆盛と対照的に、短編ミステリのマーケットが絶望的だったイギリスで編まれたアンソロジーとは、どんなものだったのでしょうか?

『15人の推理小説』はロイ・ヴィカーズの「二人前の夜食」「二人分の夕食」「ふたりで夕食を」)から始まります。レイスンが登場する迷宮課の一編で、一読面白く読めますが、ヴィカーズにしては軽い作品でした。この作品について、第二巻で「いつの初出か分かりません」と書きましたが、おそらく、このアンソロジーでしょう。以下、マイケル・ギルバート「お金は蜂蜜」、モーリス・プロクター「百万ドルのダイヤモンド」「百萬ドルのミステリ」)、ジャネット・グリーン「世界一背の高い人間」「世界一のノッポ」)、マージャリー・アラン「エリナーの肖像」、ジョゼフィン・ベル(表記はジョジフィーン)「シンブル川の謎」「シンブル河殺人事件」)、メアリー・フィット「灯火管制中の死」と続きます。前半は謎解きミステリを集めていて、プロクターだけは、アメリカからやって来た財務省のGメンと協力して、国庫から盗んだ金で、非合法のダイヤ売買に渡英した男を追うという捜査小説ですが、ディテクションの小説の範疇とは言えるでしょう。また、フィットの作品は戯曲形式というか、テレビドラマのシナリオ(それにしては、台詞以外の部分が大ざっぱですが)のような書き方です。しかも、長い作品が多く、15編中の7編で、全体の約三分の二のページを占めています。
 しかし、出来は全体に芳しくありません。消極的ながら推奨したヴィカーズと同等に面白く読めるのはプロクターとアランくらい。あとは平凡な話ですがグリーンの語り口は巧みでした。アランの「エリナーの肖像」は、北村薫がアンソロジーに採ったことで、比較的知られているかもしれません。悲劇的な死をとげた少女の肖像画を手がかりに、彼女の死が他殺であり、善人の仮面をつけた殺人者をつきとめる話でした。シャーロット・アームストロングの『サムシング・ブルー』とピーター・ワトスンの『まやかしの風景画』をブレンドしたような感じで、このアンソロジーでも一、二を争う作品です。ただし、以前ジェイムズ・ホールディングの「イタリア・タイル絵の謎」のところでも指摘しましたが、絵の解釈というのは文化的な背景が大きく作用するので、えてして強引さが目立ちがちです。『まやかしの風景画』はその点が手厚く説得的だったので、秀作となりました(創元推理文庫に入れればいいのに)が、「エリナーの肖像」は、その域には達していないように思います。
 後半の短かい作品には、謎解きミステリ以外のものも入ってきます。謎解きミステリもあるのですが、人の知らないような、ないしは気づかないような知識を、解決の決め手にもってきて一丁あがりといった作品ばかりで、とても薦められません。数は少ないですが、クライムストーリイもあります。しかし、前回ジュリアン・シモンズのところで読んだ「餌食」「かも」の題名で入っているのが目立つくらいです。
 ひとつだけ異様な作品で注目に値するのが、セシル・M・ウィルスの「失われた村」です。中央ヨーロッパを旅しているふたり組が、道に迷い、がけ崩れで閉じ込められるように入り込んだ村には、人か化け物か分からない一群の生き物がいて、ふたりを幽閉します。ふたり組のひとりは、一度このあたりに来たことがあり、この怪物を指すかのような伝説を現地の人間から聞いたことがあるのですが、その話が本当だとして、普通の人間がたかだか何十年かで怪物化するものなのやら。ふたりは村からの脱出を図ります。といった、怪奇小説に傾斜した冒険小説でした。異郷を舞台に冒険小説を書くのはイギリスの伝統的なお家芸ですし、読ませる力はありますが、さすがに古めかしい。数年後にはライオネル・デヴィッドスンが出るのですから。
 イギリスの短編ミステリの市場縮小から来たであろう質的衰退を、このアンソロジーからは見ることが出来るのかもしれません。同時代のEQMMと比べれば、その差は歴然としています。では『13の判決』はどうだったのでしょう?

『13の判決』の巻頭はパトリシア・ハイスミスの「猫の獲物」です。『ゴルフコースの人魚たち』の巻頭を飾ったときの邦題は「猫が引きずりこんだもの」でした。ディテクションの小説を書きながら、他の人間では書かない方向へ逸脱してみせた、らしい作品でした。H・R・F・キーティングの「ゴシップ」はインドを舞台にしたイギリス人コミュニティにおける犯罪と、その内々での後始末の顛末ですが、全編をインド人の噂話で構成することで、下々は見ぬふりをする――紳士の間の評判だけが大事――ものと決めてかかっている、イギリスの上流階級のお気楽ぶりへのサタイアになっていました。ディック・フランシスの「ローバーと二十一人の仲間」は、絶対にはずれない馬券を買う組織犯罪の在りようを描いたクライムストーリイですが、抜け道のアイデア頼みのハウダニットと思わせて、最後にひとひねりするのが巧みでした。P・D・ジェイムズの「大叔母さんの蝿取紙」は、ダルグリッシュが二十世紀初頭の事件を掘り返す謎解きミステリでしたが、殺人事件そのものよりも、それを逆手に取った老婆と、その相手の人間像が、ふてぶてしくも魅力的でした。シーリア・フレムリンの「コテージの幽霊」『死ぬためのエチケット』中の「博士論文」と同じものです。
 中で異色なのは、クリスチアナ・ブランドの「至上の幸福」です。題名にルビがふってあるように、原題はCloud Nineです。1979年の作品でクラウド・ナインといえば、二十世紀後半のイギリスを代表する劇作家キャリル・チャーチルの出世作です。日本でも何度も翻訳上演されていて、訳書もあります。ブランドは、舞台を観るなり、戯曲を読むなりしていたのでしょうか? 冒頭で十九世紀に殺人の疑いをかけられた三人の女性が紹介され、本編が始まってみると、その三人が天上の第九雲層(クラウド・ナイン)でお喋りに興じるうちに、各人が自分の無実を主張し、殺人を立証できないために不貞で裁かれたと不平をぶつける(現代ならなんてことないのに!)という、ファンタスティックな話です。時を超えて不貞を非難された女たちが集う、さながらボトム・ガールズと呼びたくなる設定ですが、キャリル・チャーチルが「トップガールズ」を書くのは、この3年後なのでした。フェミニスティックなアンチリアリズムという類似点まであって、まったくの偶然の一致とはとても思えません。ただし、ブランドのクラウド・ナインは、二十世紀ならば当然という一点だけに収斂していて、イマジネーションのダイナミズムにおいて、キャリル・チャーチルに一歩譲ります。ブランドのレベルから言っても、高位に来るわけではないでしょう。
 これらの作品は、飛びぬけた傑作ではないものの、一編一編の質といい、ヴァラエティといい、黄金時代のアメリカの短編ミステリと比べて、遜色があるようには思えません。ふたつのアンソロジーには、それほどの差がありました。
 1965年のことです。EQMMがCWAに短編ミステリのコンテストを持ちかけ、翌年第一席が発表されました。クリスチアナ・ブランドの「婚姻飛翔」でした。第二席にはシーリア・フレムリンの「揺籃」やコリン・ワトスン「基地ふたたび」など5編が選ばれました。気をよくした同誌は翌年MWAにもコンテストをもちかけます。結果は第一席にパット・マガー「旅の終り」、第二席にジョー・ゴアズ「ペドレッチ事件」他が入りました。CWAコンテストはもう一度68年にも開催されました。第一席がP・D・ジェイムズ「処刑」、第二席がクリスチアナ・ブランド「ジェミニイ・クリケット事件」でした。マガーとゴアズは、ともにこの連載で読んだものですが、セリーナ・ミードのなれそめの記と、DKAシリーズの一話です。英米どちらの短編を採るかは好みの問題かもしれませんが、私にはイギリス勢が圧倒しているように見えますし、少なくとも互角の勝負でしょう。ブランドのひとり舞台と言えなくもありません。平凡なクライムストーリイの「処刑」(ディフォードの「ひとり歩き」の方が数段上手でしょう)が「ジェミニイ・クリケット事件」を抑えたのは、二回連続でブランドに与えるのを避けたかっただけではなかったでしょうか?
 60年代も終わるころ。アメリカでも短編小説の市場としての雑誌は衰勢が始まります。それでも、エドガー賞の短編賞は、ミステリの幅を極限まで広げるかのようでした。短編の有力な発表媒体を持たなかったイギリスのミステリは、CWAコンテストで健在ぶりを示しました。ちょうどそのころ、雑誌の不在を埋める新しい試みが、始まります。書下ろしの短編ミステリを中心とするアンソロジーを毎年出し続ける。1969年に第一回が始まったその試みは、ウィンターズ・クライムと言いました。


※ EQMM年次コンテスト受賞作リスト(最終更新:2021年2月19日)



短編ミステリの二百年1 (創元推理文庫)
モーム、フォークナー他
東京創元社
2019-10-24


短編ミステリの二百年2 (創元推理文庫)
チャンドラー、アリンガム他
東京創元社
2020-03-19


短編ミステリの二百年3 (創元推理文庫)
マクロイ、エリン他
東京創元社
2020-08-24


短編ミステリの二百年4 (創元推理文庫)
リッチー、ブラッドベリ他
東京創元社
2020-12-21