岡部いさく Isaku OKABE


パワードスーツSF傑作選

 本書は、パワードスーツをテーマとしたアンソロジーArmored(2012)の邦訳である。原書の二十三編から、訳者の中原尚哉氏のセレクトによって十二編を厳選したものだ。
 人間の体では及びもつかない力を持ち、宇宙空間でも有毒な大気の中でも活動でき、強固な装甲で覆われ、多様で強力な武器を操る。パワードアーマーは今日のSFに現れるガジェットの中でも最も人気があり、最も心躍らされるものの一つだ。
 SFにパワードスーツが現れた始まりとして、SFのファンのほとんどはロバート・A・ハインラインの『宇宙の戦士』を思い起こすだろう。あるいはSF考古学に詳しい人ならば、それより以前のこんな作品にこんなメカニズムが、と教えてくれるかもしれない。実際、さてはと思って手元にあった、ハル・クレメントの『重力への挑戦』(創元SF文庫)をめくってみると、地球よりもはるかに強い、惑星メスクリンの重力の下で活動するため、人間の登場人物は「巧妙なサーボ装置」のついた「装甲」を身にまとっていた。『重力への挑戦』の原著は一九五四年に出版されており、一九五九年刊行の『宇宙の戦士』よりも五年早い。このときにはすでに動力補助のついた装甲宇宙服がSFに現れていたのだ。ただし『重力への挑戦』では、装甲宇宙服は単に極端な環境での行動のための装備でしかない。装甲宇宙服を兵器として、それをまとう兵士を主人公に据えて、未来の戦争を描くという点で、たしかに『宇宙の戦士』はパワードスーツというガジェットを確立したものといえるだろう。
 とくに日本のSFファンは、一九七七年に刊行されたハヤカワ文庫SF版の『宇宙の戦士』のカバーと口絵の、スタジオぬえの宮武一貴氏がデザインし、加藤直之氏が描いたパワードスーツで、装甲と力と火力を備えた兵士の姿を強烈に焼き付けられている。
『宇宙の戦士』の後も、そのパロディである一九六〇年代のハリイ・ハリスンの『宇宙兵ブルース』(ハヤカワ文庫SF)や、一九七〇年代のジョー・ホールドマンの『終りなき戦い』(同)など、装甲宇宙服を身に着けた兵士は多くのSFで描かれている。
 このアンソロジーの編者、ジョン・ジョゼフ・アダムズがイントロダクションで言及しているジョン・スティークリーのArmorは、一九八四年にDAWブックスから出版された小説で、未読だがそのタイトルのとおりにパワードスーツを着た兵士を主人公とする、昆虫型の異星人「アント」との凄絶な戦いの物語という。作者のジョン・スティークリーは一九九〇年にVampire$という原題の吸血鬼狩りの小説を書き日本では集英社文庫から『ヴァンパイア・バスターズ』の邦題で一九九四年刊、一九九八年にジョン・カーペンター監督により『ヴァンパイア/最期の聖戦』として映画化されたが、二〇一〇年に病のため世を去っている。
 その他、近年でもリチャード・フォックスの『鉄の竜騎兵――新兵選抜試験、開始』(ハヤカワ文庫SF)や、リンダ・ナガタの『接続戦闘分隊――暗闇のパトロール』(同)など、パワードスーツの出てくる戦争SFは数多くある。本アンソロジーの巻頭作「この地獄の片隅に」の作者、ジャック・キャンベルは、ご存じのとおり宇宙艦隊ものの戦争SF《彷徨える艦隊》シリーズ(ハヤカワ文庫SF)で日本でもお馴染みだが、その《彷徨える艦隊》シリーズでも艦隊に乗り組む宙兵隊の兵士たちがパワーアシストとデータリンク・ネットワークを備えた装甲宇宙服を着ている。歩兵たちを結ぶデータリンク・ネットワークに注目すれば、兵士自身は後方の基地にいて、遠隔操作でロボット兵を操作して戦う、クリストファー・ゴールデンの『遠隔機動歩兵――ティン・メン』(ハヤカワ文庫SF)もパワードスーツものの変種ということになるだろうか。パワードスーツはSFの基本的なガジェットとして定着し、パワードスーツをモチーフとするSFも、このアンソロジーに見られるように、戦争SFのカテゴリーを超えて、さまざまに広がって、パワードスーツが現れる時代や場所も、未来の系外惑星や地球だけでなく、十九世紀や第二次世界大戦直前など、多様になっている。
 装甲として身に着けるパワードスーツでなく、人体を改造して強化し、脳内にネットワークの端末を取り付ける兵士ならば、ジョン・スコルジーの《老人と宇宙》シリーズ(ハヤカワ文庫SF)のコロニー防衛軍兵士があり、ギャビン・スミス《帰還兵の戦場》《天空の標的》シリーズ(創元SF文庫)はサイボーグ兵士の激痛の戦闘が主体だが、パワードスーツも登場する。パワードスーツの拡張、延長という意味では、『機動戦士ガンダム』のモビルスーツもスタジオぬえのパワードスーツの影響を受けているといわれ、乗員搭乗型巨大人型ロボットもSFガジェットの進化系統樹の中ではパワードスーツと同じ大枝に属することになる。
 パワードスーツはいろいろなSFガジェットの中でも、今日の世界では最も現実との地続き感の強いものの一つだ。少なくとも超光速航法で飛ぶ宇宙戦艦よりはこの世界での実現の可能性は高い(ただしパワードスーツが登場する戦争SFの多くでは、パワードスーツをまとった兵士は超光速宇宙艦でどこかの惑星に展開するのだが)。
 すでに、人間が装着して、電気モーターや気圧などで人力を補い、重量物を持ち上げたり運んだりするパワーアシスト装置は実用化され、市販されて、介護や建設、農業、災害救助などに用いられている。最初に現実的なパワーアシスト装置として作られたのは、一九六五年にアメリカのジェネラル・エレクトリック社が開発に取り組んだ「ハーディマン」だったという。このハーディマンは重量過大や動作の遅さなどの難点に加えて、原因不明の誤動作などもあって失敗に終わったが、当時の技術ではそれが精いっぱいだったのだろう。ハインラインの『宇宙の戦士』はハーディマンよりも六年早く、おそらくハインラインにとっては、パワードスーツは将来実現可能なメカニズムというよりも、純粋に空想的な装置であったことだろう。
 パワーアシスト装置はもちろん軍用にも用途がある。日本でも防衛装備庁は「高機動パワードスーツ」の研究と実験を行っている。これは災害救助での瓦礫の撤去や負傷者の救出、運搬などで自衛隊員の力を補助することを目的として二〇一八年に試作された。下肢に装着する外骨格(エクソスケルトン)式で、股関節と膝関節を電気モーターで動かし、足関節は板バネで補助、腰部にバッテリーを装着する。このパワードスーツは「高機動」と銘打つだけに、平坦地では時速一三・五キロメートルで走ることができるとされ、最初の試作装置で重量五〇キログラムまで運ぶことができたが、最近の改良型試作装置では携行重量は七〇キログラムに強化されている。
 アメリカ陸軍でも兵士の運搬能力や行動能力の補助と強化を目的として、パワーアシスト装置の開発を進めている。アメリカ陸軍の兵員が背負うバックパックの重量は推奨では二五キログラム以下とされているが、実際にはボディアーマーや暗視ゴーグル、無線機などが加わって六〇キログラムを超えているといわれ、その負担を多少なりとも緩和することが求められている。このパワーアシスト開発計画には、航空宇宙兵器メーカー最大手の一つロッキード・マーチン社の「オニキス」という、下肢外骨格や足首補助に特化したデファイ社のエクソブーツが試作研究契約を結んでおり、将来的には全身のパワーアシスト化を目指すという。他にもレイセオン・テクノロジーズ社など有力な防衛技術企業がさまざまな外骨格パワーアシスト装置を研究している。
 戦闘目的のパワードスーツも開発が行われた。アメリカ特殊戦司令部は、特殊部隊隊員の装備として、パワーアシストだけでなく自己修復機能付きボディアーマーや、赤外線カメラなどのセンサー、通信と情報共有・配分のためのデータリンク、それらの情報を表示するディスプレイなどを備えたTALOSの開発を二〇一三年から開始した。TALOSとはTactical Assault Light Operator Suit(戦術強襲軽量オペレーター・スーツ)の略で、ギリシャ神話のアルゴー号の冒険譚に出てくる青銅の巨人タロスにも通じる。TALOSの装備や機能を見ると、現実のテクノロジーがSFの戦闘用パワードスーツまであとわずかのところに来たように見える。しかしTALOSは総重量が二七〇〜三一五キログラムにも達し、予算の制約もあって、二〇一九年に開発中止となってしまった。
 TALOSの問題点は重量や予算の他に、兵士の動作に外骨格が反応するまでにタイムラグがあって、歩く際の感覚がまるでゼリーの中を歩いているようだという違和感があることや、膝関節は単純に曲がるだけでパワーアシストも簡単だが、腰や足首、肩など回ったり捻ったりする関節の補助が難しいことなどがあった。また現実の戦闘用パワードスーツの未解決の問題として、動力をどうするかという難問がある。燃料を使うエンジンでは大きくて重く、電池では重くて持続時間も短い、水素を用いる燃料電池は危険性が高く、持続的な戦闘環境で用いるパワードスーツの動力源にはどれも弱点が多い。SFのパワードスーツは動力源の問題は何であれうまく解決されていて、本アンソロジーでも蒸気動力のパワードスーツが現れるが、現実には動力に何かのブレイクスルーが起きなければ、戦闘用パワードスーツの実用化は遠そうだ。
 現実の戦闘用パワードスーツでは中の人間の保護も難問で、強い力で投げ出されたときに、パワードスーツの装甲は衝撃に耐えられても、人体は耐えられないことも考えられる。人体の骨格は衝撃吸収パッドや液体で保護するとしても、内臓が大きな加速度で損傷を受けるかもしれない。またパワードスーツは兵士個々の体格に正確に合っていなければならない。さもないと動作のセンサーがうまく機能しなかったり、兵士の体と擦れて長時間の装着ができなくなってしまう。パワードスーツは軍靴のように「靴に足を合わせろ」というわけにはいきそうもない。そのためパワードスーツはいわば個々の兵士に合せたオーダーメイドに近いものにならざるを得ない。修理や部品交換は大変な手間となり、その補給態勢も複雑となる。果たして実際の戦場で実用可能なのか?
 しかしパワードスーツが実現されるかどうかはこの現実世界の技術者や軍隊に考えてもらうとして、とにかくSFファンとしては空想のパワードスーツという魅力的なガジェットと、それをまとう人間のさまざまな物語を楽しませてもらおう。

  二〇二一年一月



【編集部付記:本稿は『パワードスーツSF傑作選 この地獄の片隅に』解説の転載です。】



■ 岡部いさく(おかべ・いさく)
1954年生まれ。軍事評論家、作家、イラストレーター。著作に《クルマが先か? ヒコーキが先か?》シリーズ、《世界の駄っ作機》シリーズ(岡部ださく名義)ほか多数。