小林泰三『ティンカー・ベル殺し』(東京創元社 1700円+税)は、童話をモチーフに毎回仰天必至の物語が展開する好評シリーズの第四弾。今回はタイトルからもおわかりのように、J・M・バリーの“ピーター・パン”だ。


 夢のなかの〈不思議の国〉に暮らす蜥蜴(とかげ)のビルは、ピーター・パンとウェンディ、妖精のティンカー・ベルに拾われ、ネヴァーランドと呼ばれる不穏な島へ。ところがピーターは、敵の海賊はもちろん幼い子供も平気で手に掛ける凶悪な殺人鬼で、ついにティンカー・ベルまでもが……。

 いっぽう夢を通じて蜥蜴のビルと記憶を共有している大学院生の井森健は、同窓会に出席するも殺人事件に巻き込まれ……。

 殺人鬼ピーター・パンが、ティンカー・ベル殺しを調べる探偵役に手を挙げるまさかの展開、著者ならではの横溢(おういつ)する残酷趣味、どうにも手のつけようがないキャラクターたちの暴走ぶりに笑いが込み上げてくる。しかし、ある箇所で物語の様相が一変し、やりたい放題に思えたなにもかもに重要な意味があったことがわかると、著者の試みた狙いの深さに感心することだろう。と同時に、終盤で繰り返されるあるシーンには、ゾッとして仰(の)け反(ぞ)らずにはいられない。いやはや、小林泰三恐るべし。

 林泰広『オレだけが名探偵を知っている』(光文社 1800円+税)は、長編作品としてはデビュー作『The unseen 見えない精霊』以来、じつに18年ぶりとなる作品だ。


 妻の姉である新川綾が手術するほどの大ケガを負うも、夫の新川昭男と連絡が取れない。秋山礼人は妻に頼まれ、昭男が重役を務める「ブッシュワッカー」本社ビルへ向かうが、昭男への連絡を断られてしまう。この会社の地下には巨大な迷宮があり、そこに昭男はいるらしい。会長の座主然助(ざすぜんすけ)による独裁的な社風で知られるこの会社で、なにが行なわれているのか……。

 このあと秋山は、どうにか屋内に入り、密室と化したそこで五人の男女の遺体と鍵の掛かったコンテナを発見することになるのだが、読み進めても読み進めても、まったく先が予測できない、物語の全容がはっきりとしない展開に呆然となる。ビルの地下に広がる迷宮という巨大な密室の人工美に盛り込まれた、奇才が仕掛けた多彩な罠の魅力。パズルの最後のピースがピタリとはまるように、紆余曲折(うよきょくせつ)を経てついにタイトルの意味が明らかになる終盤の妙。緊迫したラストシーンが醸(かも)し出す、あとを引く余韻(よいん)。執拗(しつよう)なまでに凝らされた手練手管がつぎからつぎへと繰り出され、終始翻弄(ほんろう)されることを心ゆくまで愉しみたい向きには格好の物語といえよう。