これからも青春ミステリは、数多くの書き手によって生み出され続けていくことだろう。けれど、辻真先『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』(東京創元社 2200円+税)のような作品をものすることは、誰にもできないはずだ。


 昭和24年。ミステリ作家を志す少年“カツ丼”こと風早勝利(かざはやかつとし)は、GHQによる学制改革に伴い、名古屋市内の新制高校三年生に編入し、一年間だけ男女共学の高校生活を送ることに。ところが共学ゆえに、年頃の男女が一緒に旅をするなどまかりならんと修学旅行は中止。すると、勝利が所属する推理小説研究会の顧問である別宮(べっく)先生から、修学旅行代わりに映画研究会と合同で湯谷温泉への一泊旅行が提案される。

 後日、顧問と仲間たちの計6人で向かった旅先で、評論家として知られる名士が密室状況下で殺されている事件に遭遇。さらにキティ台風が襲来した夏休み最終日には、廃墟で市会議員の生首を発見する事態に。密室殺人と解体殺人、ふたつの事件をモデルに長編推理小説を書き進める勝利は、事件の謎を解き明かし、執筆を完了することができるのか……。

 まさに昭和24年に少年時代を過ごしている著者ならでは――ともいえるが、それでもやはり御年を考えると、本作の青春小説としての瑞々(みずみず)しさには感嘆するしかない。終戦によって急激な変化を余儀なくされた若者の戸惑いと好奇心、戦争の傷痕や世のなかの陰の部分を垣間見て打ちのめされる経験、そしてミステリや映画に心惹かれる素直な気持ちが鮮(あざ)やかに伝わってくる。

 当時を知るからこそ確かな筆致で描き込まれた時代性は、青春を活写するためだけでなくミステリ部分にも重要な機能を果たしており、とくに伏線を潜ませる手際には、これを妙技というのかと唸(うな)ってしまった。

 本作は『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』(東京創元社)の姉妹編ともいえ、映画の看板描きとなった那珂一兵(なかいっぺい)が登場し、名探偵ぶりを発揮して勝利をアシストする。そうして明かされる真相は、この時代だからこそ起き得る悲劇であり、著者のこれまでの作品にも込められていた反戦の想いが改めて強く打ち出されている。とはいえ、シリアスなままで終わらせないのが、我らが辻真先である。遊び心が光る周到なラストまで抜かりがない、屈指の傑作だ。

 芦辺拓『鶴屋南北の殺人』(原書房 1900円+税)は、何年も『鶴屋南北殺人事件』としてアナウンスされてきた待望の長編作品だ。


 弁護士の森江春策(もりえしゅんさく)のもとに、秋水里矢(あきみずりや)なる女性から奇妙な依頼が舞い込む。彼女がロンドンの骨董店で見つけた鶴屋南北の未発表台帳。その“中身”を取り返して欲しいのだという。森江は、盗んだ相手とされる歌舞伎(かぶき)界の異端児――三世小佐川歌名十郎(おさがわかなじゅうろう)に会うべく京都の劇場を訪ねる。すると舞台稽古(げいこ)の最中、屋台崩しの仕掛けに巻き込まれ、学生が命を落としてしまう。事故かと思われたが、関係者の証言から、これから崩れることになる大屋根の上に被害者が立っていたことが判明する。いったい彼はそこでなにをしていたのか。しかも不可解な死は、第二、第三と続き、これだけでは終わらなかった……。

 冒頭、森江がなにやら品物を手に、《ドルリー・レーン劇場》を目指してロンドンの街を急ぐ姿に、この場面がどのようにつながることになるのか興味を掻き立てられ、たちまち物語に惹き込まれる。

 屋台崩しで起こった不幸な出来事のあと、森江は連続する殺人事件とあわせ、鶴屋南北の幻の作品にまつわる謎にも取り組むことになるのだが、その内容の密度が尋常ではない。本格ミステリ界きっての博覧強記である著者が、歌舞伎と本格ミステリ――ふたつの面白さを追求し、この一冊で盛大に開花させようとする気迫がページからひしひしと伝わってくる。

 また帯の惹句に「――本格ミステリは、犯人のなり手がいなくなってからが勝負!」とあるように、一筋縄ではいかない展開にも要注目。あの手この手を惜しみなく盛り込んだ、じつに読み応えある一冊になっている。奇(く)しくも2020年は、同じく原書房から歌舞伎ミステリ、稲羽白菟(いなばはくと)『仮名手本(かなでほん)殺人事件』が刊行されているので、あわせて読んでみるのも一興だろう。