『ヴァルモンの功績』にはホームズ・パロディが収載されている。著者ロバート・バーはコナン・ドイルと交流があり、雑誌編輯者としてドイルにインタビューをしている。以下は〈マクルーアズ・マガジン〉1894年11月号に掲載された記事の翻訳である(同誌掲載の写真およびイラストは割愛)。以て『ヴァルモンの功績』の附録としたい(田中鼎)。


《リアル・カンバセーション》
コナン・ドイル、ロバート・バー対談
記録者:ロバート・バー

 初めにお断りしておくと、私はプロのインタビュアーではない。しかし、要点は押さえている。慧眼の読者は、私がインタビューに長けていると気づくはずだ。上手に自己紹介をしている書き出しから察していただけると思う。この記事には1894年にイギリスで行われたインタビューのあらゆる秘訣が詰まっている。秀でたインタビュアーは、犠牲者を自分の見解をぶら下げる釘に使い、自らの個性を表現する。見解だけでなく、自己を示す。それで世界はずっと良くなる。イギリス流の飾ったインタビューなど、碌なものじゃない。

 もっとも、イギリスのインタビューは輸入品であって、固有種ではない。アメリカこそが発祥地、新米記者でさえインタビューのイロハを心得ている。聞き手たる者、人気店のショーウィンドウのガラスたるべし。読者が展示品を覗くとき、夾雑物を感じさせるべからず。

 しかしながら、この流儀に満足できない者もいる。そんななか、新しいインタビュー形式を発明すべく、アメリカでひとりの人物が立ち上がった。その名はS・S・マクルーア、本誌の発行者にして編輯人である。本誌で人を誉めたり貶したりできるのは小生の望むところだが、氏が私の文章を勝手に添削した場合、向後二度と本誌では筆を執らないことをここに警告する。氏がこの刊行物の他の箇所で私をくさすのは(氏がそうしたければ)自由だが、本記事の文責は私のみが負う。ちなみに、氏は最新流行のラッパに関する記事を、ガブリエルに依頼するのを躊躇わないタイプだ(訳註:最後の審判において天使ガブリエルがラッパを鳴らすとされる)。さらに注目すべきは、氏なら本当に原稿を取りかねないことである。

 ある日、S・S・マクルーアは“新しいインタビュー形式”と氏が考えるものを発明し、《リアル・カンバセーション》の名称で特許を得た。未来の暦には、天文気象などの豆知識と共に「1893年4月14日――S・S・マクルーア《リアル・カンバセーション》を発明」と記載されていることだろう。

 しかし、この発案には新味がない。誰だって、子どもの頃に実践していることなのだ。社会問題について意見を異にする犬野郎を二人連れてきて議論させ、周りで見物して楽しむ。マクルーアが著述家二人としているのもこれで、《リアル・カンバセーション》の武器も闘犬同様“口”である。

 私見によれば、《リアル・カンバセーション》の唯一の欠点は、それが会話(カンバセーション)でも本物(リアル)でもないことである。考えてもみてほしい、出版される会話と知りつつ、大の大人がしかつめらしく坐っている様を! 高度の知性の持ち主――不可能を屁とも思わぬマクルーアのような――だけがそんな状況を想像できる。ルイ11世がクレーブクール伯爵と面会したときの、クエンティン・ダーワード(訳註:ウォルター・スコット『クエンティン・ダーワード』の登場人物で、スコットランドの射手)のように、幔幕の裏側で速記をするのなら〈本当の会話〉も記録できようが、そうでもしない限り絶望的である。

 さて、ここで〈本当の会話者〉が最初に逢着する実務上の困難をお示ししよう。私はノートと鉛筆を取り出し、犠牲者を見据え真面目くさってこう話しかけた。

――さあ、コナン・ドイル、話を。

 このきわめて合理的な要求に応えることなく、ドイルは首を反らして笑った。いやはや、滅多に味わえない状況である。やがてドイルの笑いが伝染り、私まで吹き出してしまった。

 私たちは屋敷から籐椅子二脚を持ち出して、屋敷からロンドン方向へ延びる広大な芝生の端に陣取っていた。柔らかくて緑の濃い天鵞絨のような芝生で、イギリスでしかお目にかかれない。この種の芝生がイギリスだと手もなく生える。さるオックスフォードの庭師は、アメリカの訪問者に「芝生を屋外にほんの五百年置いておけばいいんです。刈り込みはきちんと。それででき上がり」と言ったとか。芝生には、日干しになって縮んだクリケットボールよろしく、小さな白いゴルフボールが転がっている。ドイル氏は大のゴルフ好きで、この芝生で稽古に勤しむ。うまく打てたときは桶に着球し、失敗したときはたいてい窓ガラスを割る。

 私はノートと鉛筆を放り出した。

――こういうのはどうだろう。きみとは世の中を改善する方法をずいぶん話し合ったし、問題も解決してきた。雑誌の編輯者など恐るるに足らずだ。私たちはきみの庭でも私の庭でも、きみの食卓でも私の食卓でも、きみのクラブでも私のクラブでも話し合ってきた。きみのゴルフ場でも私の……ああ、そういや自前のゴルフ場はないか。つまりきみの考え方は十分理解しているから、〈本当の会話〉のアメリカ的「フェイク」はどうだい。

ドイル(以下D)「そいつは〈マクルーアズ・マガジン〉の読者にとって、あまりフェアじゃない。だろ?」ドイルは反対した。正直だし新聞の洗礼を受けていないのである。「《リアル・カンバセーション》は全部読んでいるが、とても面白い。いいアイデアだよ」

――きみとの〈本当の会話〉を作り出すのはいとも簡単なんだ。なにせ、きみと私の見解はいつも正反対だから。私がすべきは、自分の考えを記憶し、逆さまに書くだけ。それでコナン・ドイルの言葉になる。マクルーアがこれまで刊行したインタビューときたら、怪しげな代物でね。ウィリアム・ディーン・ハウエルズがヤルマル・ヨルト・ボイセンを認めたり、ハムリン・ガーランドがジェイムズ・ウイットコム・ライリーを認めたり、そんなのばかりだ(訳註:適宜フルネームにした。以下同)。不自然極まりない。他の文学者を認める文学者なんていやしない。他人の書いた作品が好きなふりをするやつはいるが、全部大嘘さ。心の底から思ってはいない。自己を過大評価するのが作家の性さ。

D「まったくの謬見だ、まったくの。完全に間違っている! 批評家を選べるのなら、文学者か学生を選ぶだろう」

――私が言ったのと変わらないよ。きみだって、他の作家を学生と同列に扱っているじゃないか。むしろ私より低く評価してないか?

D「まあ聞きたまえ。作家仲間は同業者の立ち向かう困難をよく弁えている。作家だから私が挑んでいる表現の効果を玩味できる。作家の批評は、たとえ厳しくとも役に立つし、理性的だ。学生の書籍に対する判断にしても、直感に基づいているようだが間違うことはほぼない。『宝島』に世界中の学生が虜になっただろ。もちろん私だって、学生に『ロバート・エルズミア』の正確な論評など期待しない」

――作家が他の作家の作品を誌面で酷評できるとは考えにくいなぁ。それに、自己防衛の観点からも、今もってイギリスに文学があるふりをせざるを得ないのでは。しかし、ハウエルズ氏がいる。イギリスへの義理がなく、穏やかで偏見のないニューヨークっ子の雰囲気の御仁だ。氏はイギリスの文学が過去のものにすぎず、今日の著者は作家業の基礎すらご存じないことを、あっさり認めている。きみも当然、同意するのでは?

D「今日こそ太鼓判を押そう。注目すべき作家が1ダースいて、いずれもまだ若い。どこまで伸びるか見当もつかない。何人かは確実に成長する。過去の例を見るに、小説技法は50歳くらいまで向上する。人生に対する十分な知識が、人間を活写する力を与えるんだ」

――1ダース! いつもながら椀飯振舞ですな。ハウエルズに外電を打ちたいので、才気溢れる若者の名を教えてください。

D「12人は軽い――ジェームス・マシュー・バリー、ラドヤード・キップリング、オリーヴ・シュライナー、サラ・グランド、ベアトリス・ハーレードン、ギルバート・パーカー、アーサー・キラークーチ、ホール・ケイン、ロバート・ルイス・スティーヴンスン、スタンリー・ウェイマン、アンソニー・ホープ、サミュエル・ラザフォード・クロケット、ヘンリー・ライダー・ハガード、ジェローム・K・ジェローム、イズレイル・ザングウィル、クラーク・ラッセル、ジョージ・ムーア――ほとんどが30未満で、大きく超える者はほぼいない。当然ほかにもいる。ぱっと思い浮かんだ名を挙げただけだからね」

――人間、50まで向上するものでしょうか?

D「そりゃあ千篇一律を潔しとせず、機械的に書くのを拒むならね。ほら、多くの大作家が不惑まで筆を執らなかったじゃないか。ウィリアム・メイクピース・サッカレーは大体40。ウォルター・スコットは40過ぎ、チャールズ・リードとジョージ・エリオットもそれくらい。サミュエル・リチャードソンに至っては50だ。人生を描くにはまず人生を知らねば」

――経験に徴するに、人間は50になると60まで向上するものだと知り、60になるとどうにか70まで向上が続くと感じるものでね。ところが20のときは30になればずっと賢くなると思っているんだ。実際はどうだか知らんが。人間ってのは面白い動物さ。さて、よろしければアメリカ人を1ダースお願いします。

D「メアリー・ウィルキンズ・フリーマンの『ペンブルック』ほど感動的な本は、しばらく読んでいない。非常に優れた作家だ。最近の著述を取り上げて名作と呼ぶことは常に危険を孕むが、本書は名作の特徴を真にすべて兼ね備えていると思われる」

――そうかね?

D「そうさ!」

――ようやく一人。アメリカ人の小説はお読みにならない?

D「読みたいと思うほどには。だけど、読んだ作品はそれなりに代表的なものだと思いたいな。ジョージ・ワシントン・ケーブル、ユージン・フィールド、ハムリン・ガーランド、エドガー・フォーセット、リチャード・ハーディング・デイヴィスの作品は知っている。ハロルド・フレデリックの『渓谷にて』は、最近の歴史ロマンスの白眉だ。思うにアメリカ小説への懸念は、一本の大河ではなく多くの支流になってしまっていることだ。地方色を強調しすぎる嫌いがある。地域差というのは結局は表面的で、人間の本質はニス塗りの下にある。西部の文学や南部の文学と言われると、いささか細分的に聞こえる」

――細分的? その点、トマス・ハーディやバリーより細分的な小説があるかねぇ。片や州の、片や村の文学ですぞ。近所の村人がバリーを評して「キリミュア(訳註:スコットランドの地名)の人やから悪い奴やあらへん」(訳註:原文はスコットランド英語)と言ったのを覚えているだろ。アメリカの地域性を語るのなら、彼の地がフランス並みに広いことをお忘れ召さるな。

D「バリーとハーディは、スコットランドやウェセックスの小作農と私たちの相違点を強調するのではなく、人間一般の本質が共通していることを示して好評を博したんだ」

――ううむ、こいつはハウエルズの負けだ。じゃあハウエルズやヘンリー・ジェイムズをどう思う?

D「ジェイムズは、小説史上に多大な影響を与えたのではないかな。見事なまでに簡潔で、芸術的に抑制の利いた文体たるや、すべての読者に感動を与えるに違いない。『ある婦人の肖像』からは結構な教えを授かったと思っている。もっとも、教えによって前進する才覚があるとは限らないが」

――イギリスの人々はジェイムズを誇りに思うべきだな(訳註:ジェイムズはアメリカ生まれだが長くイギリスに住んだ)。ジェイムズのようなアメリカ人がもっと出ればいいのにと思う。さて、よろしければお次はウィリアム・ディーン・ハウエルズ先生。私はハウエルズが好きでね、なにか反論があるんじゃないか。どうだろう。

D「真面目で熱心なことは認める。しかし、自分の考えと異なる作家や批評家への態度は感心しない。スコット、サッカレー、チャールズ・ディケンズに石を投げることなくアルマンド・パラシオ・バルデス、ポール・ブールジェ、ジェーン・オースティンを好きになることは可能だ。排他的に考える必要はない」

――それでは文芸についてどうぞ。

D「これまで文芸について多くを語った。だから文芸が発明であることを忘れがちだ。文芸とは人を愉しませるもの――落ち込んだ者、鈍感、疲れた人間の癒しだ。スコットとディケンズが施せば、二人の文芸で何百万もの人々が改善する」

――それでは小説の目的が、人生をありのままに描くことだとは考えないのだね。

D「だとしたら、ガリバー、ドン・キホーテ、ダンテ、ゲーテには居場所がないことになる。質問への答えは『考えない』。小説の目的は面白さにある。最高の小説とは、一番面白い小説のことだ。人生をありのままに描いて面白くなるなら、是非そうしたまえ。しかし、ほかの手法を使ったからといって、非難される謂れはない」

――宗教説話は認めない?

D「認めるよ、面白ければね。いま、小説の時代が来ている――宗教的、社会的、政治的な変化のすべてが小説家によってもたらされる時代だ。ここ数年、『顧りみれば』『ロバート・エルズミア』のような書籍がどれだけの影響を与えたことか。今日では誰もが初等教育を受けているが、高等教育を受ける者は少ない。大衆に思想を届けようと思えば、錠剤に糖衣するごとく思想を小説で覆う必要がある。将来、輿論への影響力を持つのは、政治家でも聖職者でもなく小説家だ。強い信念のある者にとって、他者に印象づける恰好の方便となる。最初の一歩はいつだって面白ささ。上手に砂糖をまぶさなければ、大衆は薬を呑まない」

 ここに至って天気が崩れた。テーマがやや無味乾燥だったのか、天は潤いを与えることにしたらしい。水晶宮(訳註:1851年の万国博覧会会場となった鉄骨ガラス張りの建造物)の上に雷雲が湧き起こり、にわか雨が来つつあった。幸い降るまでに屋敷へ入る時間はある。二人慌てて籐椅子を引っつかみ、家へ飛び込んだ。文学談義を庭に残して。(田中鼎訳)

次回へ続く)