島田荘司選 第12回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞した森谷祐二のデビュー作『約束の小説』(原書房 1800円+税)は、忌(い)まわしき一族をめぐる横溝タイプの新本格系「館」ミステリにして、専門的な知識を駆使した医療ミステリでもある、なんとも野心的な作品だ。


 医師である瀬之上辰史は、かつては政財界にも強い影響力を有した名家――天城家の血を引いていたが、正妻の子ではなく、母ともども関係を断って久しかった。ところがある日、妹の勝子から電話があり、父――勝文の死を知らされる。当主の座は第一子が受け継ぐ“しきたり”ゆえ、図らずも後継者となってしまった辰史は、勝子の友人だという着物姿の女性探偵――新谷とともに、雪深い山に建つ巨大な洋館「天城邸」を訪れる。すると、用意された部屋には何者かによって突き立てられたナイフと不穏な警告文が。そしてついに殺人事件が起きてしまう……。

 某名作の応用型ともいえる規格外に大きな館だからこそのダイナミックな仕掛けも愉しいが(これを島田荘司に向けて投じた度胸が凄(すご)い)、本作のタイトルがズバリ『天城邸殺人事件』ではなく、『約束の小説』でなければならないメインの試みにご注目。本作は一種異形の魅力で読ませる内容だが、今後キャリアを重ね、より作品が洗練されたなら、著者は数多(あまた)の読者を振り向かせる比類のない傑作をものすかもしれない。

 廃線間近のローカル線がハイジャックされてしまう、山本巧次『留萌(るもい)本線、最後の事件 トンネルの向こうは真っ白』(ハヤカワ文庫JA 720円+税)は、コンパクトながらよく練られた構成で読ませる長編鉄道ミステリ。


 北海道の留萌本線に乗車した鉄道ファンの浦本は、動き出して間もなく、初老の男の突然の行動に驚く。非常停止ボタンを押すなり、ダイナマイトを手にした男は、乗客と運転手――計四名を人質に列車を乗っ取ってしまう。交渉役に道議会議員の河出を指名する犯人の要求は、身代金一億七千五百五十万円。前代未聞の犯行の動機は?そしてこの半端な額に、いったい何の意味があるのか……?

 まだ炭鉱があった時代から現代まで、長い年月と世の変遷(へんせん)に起因する事件を通じて描き出されるノスタルジー。加えて、乗客を運ぶ「鉄道」とは、日々ひとの人生を乗せて走り、ときには誰かに未来や希望を感じさせる足であることを教えてくれる熱い鉄道愛が胸を打つ。現役の鉄道マンである著者には、これからも令和の鉄道ミステリを頼もしく牽引(さくいん)していってもらいたい。